“不惑”まで一年
今日も暑い一日となりました。
朝から快晴、気温も上がり、ガレキ処理の効率が落ちました。
ただ、15時30分頃に弱い夕立があり、帰る頃は涼しくなったことが救いでした。
2011年7月26日。いよいよ今日から“三十代最後一年”に突入しました。
38歳のこの一年、いろいろなことがありました。
12年間のサラリーマン生活を終えて迎えた38歳。
8月10日に埼玉県選挙管理委員会に行き、「政治団体設立届け」を提出し政治活動を開始。
平日朝は駅立ちをして、土日は“自転車桃太郎”で川口市内を疾走。迎えた1月1日も止める事なく3月11日の朝まで毎日継続。
そして、3月11日14時46分に東日本大震災が発生し、実家が被災。翌12日には一路、故郷・福島県二本松市を目指し北上。3月28日には『被災地を見ずして選挙など...』と考え、宮城県沿岸部に行き、石巻と女川の惨状に絶句。
迎えた4月1日。予定通り「埼玉県議会議員選挙」告示。常勤スタッフ“ゼロ”で10日間の選挙活動を開始。
そして4月11日の投開票。5,267もの票をいただくも惨敗。
その後、選挙活動の事後処理や身辺整理をし、5月下旬に二本松に立ち寄ったのち、『被災地での仕事を求め』6月13日に浜通り・いわき市に向かい、就職。
現在に至ります。
これからの一年は、もっと大事です。
故郷・福島は、地震・津波・原発の“三重苦”に喘ぎ、特に原発事故で吐き出された放射性物質と放射線は200万余の県民を不安にさせ苦しめています。
私はこの環境に身を起き、故郷に対して出来る事をしたいと思います。
そして、この渦中での経験と見聞を我が地肉とし、政治家としての覚悟を涵養したいと考えています。
“四十ニシテ惑ワ不
そんな40代を迎える事ができるよう、今日から一日一日を大切にしてゆきます。
