前回は長くなり過ぎまして後半飛ばした部分が多くなりましたので補足していこうと思います。

 まず泌尿器科の手術ですが、ドクターによると「陰唇融合に対する形成手術」だそうです。考えただけでゾクゾクしますが、要は切開して出口を作るということです。そして原因は女性ホルモンの欠如なので放っておくと又、くっついてしまう可能性が高いので、女性ホルモン補充のための「膣錠」というものを毎日、患部に入れるそうです。再診の際に8月の頭に患部の状態を見る次回の診察の予約を入れて頂きました。

 そして腸の癌の方ですが、病院から施設へのサマリーによると「S状結腸癌、腸重積」との事でした。外科の先生に「この状態で不都合が起きてないのが不思議なくらい」との状態でした。家族としては高齢なこともあり手術の際の麻酔も心配だし、長く入院する事によるQOL(生活の質)の低下が不安でしたが「このままだと腸閉塞を起こす」と言われたらもう手術一択しかない。そして承諾書を書くのは私な訳で何かあった時の責任が全部、自分に降りかかってくる様な気になって本気でどんよりしました。

弟にその話をしたら「今回に関してはこの状況では手術一択なんだから姉貴が自分を責める必要なぞ一切ない」と言われたので何とかモヤモヤからは抜け出しました。

 そして、手術が無事に終わった後の集中治療室での面会では「痛い、痛い」と呻く母を見てかわいそうにもなりましたが、私が何とか出来るわけもなく看護師さんに後を託して帰宅しました。

 そして無事に翌日には一般病棟に戻れたので面会に来ていいとの連絡がありました。

 まだ絶食状態で吐き気が強くて辛そうでした。

大変そうではありましたが、順調に回復には向かっている様でした。

面会に行ったのが5月28日木曜日でした。

そして何と30日のお父さんの義兄の7回忌に参列するために29日に新潟に向けて出発しました。

今回もギリギリまで行けるかどうか分からない状態で、父の7回忌、同窓会、に続いて3回目の綱渡りを無事にクリアしました。

 父と義兄は3日違いで他界しています。

コロナ禍、緊急事態宣言の真っ只中で新潟まで駆けつけることも出来ず、お見送り出来なかったので今回は是非とも参列したいというお父さんの気持ちを大事にしてあげたかったので無事に参列できて良かったです。

 土曜日に帰宅して、日曜日に弟が母の面会に行くと今朝から重湯食べたよ、と言ってたとの事でした。

6月2日に面会に行くと吐き気はとれて、「先生が順調だと言われた」との事。帰り際に看護師さんに退院を考えて大丈夫なので施設の相談員さんと病院の相談員さんで話を詰めていいですか?とお話しがありました。

今は病院は本当に長くは入院させておいてはくれないんですね。

相談員さん同士で話をしてくださったみたいで両方の相談員さんから木曜日の午後の退院という連絡をいただきました。

母は自宅でなく施設への退院に対して不満があったのは言うまでもないですが。

泌尿器科で処方された膣錠の面倒とかそもそも家の玄関への段差を登れないし、家で1人で過ごす時間がある事自体が不安なので諦めてもらいました。

退院して1週間後に面会に行きましたら、リハビリの時間以外は車椅子で移動しているみたいでした。最初の入院前から思うと明らかに行動の質は低下してしまいましたが、元気で退院できたのだから良かったと思うしかありませんね。