さて、お話は遡ります。
私の入院の間は経過報告を兼ねて、お父さんと弟が面会に行ってくれました。
退院してドレーンが取れた頃に母の面会に行きました。喜んではくれましたが、いまひとつ私が大きい手術をしたと言う実感はなかったようでした。心配性の母が思ったよりも心配していなかったことが以前の母では無いような気がして不安になりました。
案の定すぐにまた帰りたいコールが始まりました。
 その頃の私は母の対応が辛くて、面会に行く足取りも正直重かったです。そんな私を今週はいつ行くと促してくれたお父さんには感謝しかありません。お父さんが背中をつついてくれなければ、母に会う気力が途切れていたかもしれません。
 夏になれば今は暑くて無理。
 冬になれば今は寒くて無理。
 今は忙しいから、リハビリが充分ではないから、ありとあらゆる理由をつけて、母の帰宅を先延ばしにしていることに正直、罪悪感が拭えませんでした。
 そうこうしているうちに秋から冬になり、冬になったある日、実家に2度目の空き巣被害がありました。
その年の冬は、施設内で、インフルエンザとコロナの罹患者が出て面会中止になりました。
年末ギリギリに制限付きで面会が解除になり、東北から帰省した息子と2人で短時間ですが、母と会うことができました。実家に集まっていた弟一家や娘一家お父さんや息子の奥さんとひ孫のちーちゃんとLINEでビデオ通話をつなぎ、みんなの顔を見せることができました。
何とか無事に年を越した2月以降、今度は健康面での入退院騒動が勃発しました。


卒ワン同窓会でノーリードにも関わらず、おとーさんにベッタリだったね。正面から撮ったおとーさんの顔が丸見えの写真もあります。おとーさんの大のお気に入りです。