現在、不登校突入の次男
イロイロあって、まぁ、もう仕方ないよねという感じ。
普通クラスでも支援クラスでも何だか浮いてしまう次男。
見ていると学校の仕組みが合わないんじゃないのかと最近思うようになってきました
軽度発達障がいやグレーゾーンの子達って、市内では全て発達障がいになるので…
軽度発達障がいやグレーゾーンの子達の居場所はないと感じます。
↑こちらにも書きましたが…
行政によって違うのだと思いますが、現在住んでる地域では、必要があればグレーゾーン寄りであっても困り事によって診断名をつけることがあるようです。
知的グレーゾーンも他の地域と違う基準となってます。
知的グレーゾーンが他の地域とは違うことや、支援が受けやすいように診断をつけることがあることを知らない学校の先生が多く、発達障害としてひとくくりにしか見ない先生が多いことに気づきました。
次男が療育機関に通所していたことから、次男本人を見てくれず、発達障害児としてしか見てくれないと感じるというか…
同じようなことを支援クラスのお母さんから聞いたこともあります。
↑そのようなとこから、子ども本人を見て欲しいと思うのは親のワガママなのかとも感じるようになりました。
↓よく読むブロガーさんが、フィンランドの教育の動画を載せてたのだけど、これを見て私の感じていた違和感はこれだ!と思いました
子ども達の幸せを考えてる先生達と、ただ、仕事として先生をしてる大人達って、言葉には言い表せないのだけど何かが違う…
今、在籍している小学校は問題があれば支援クラスに…という感じが見え隠れしていて、さらに、支援クラスに行けば支援が受けれて安心…というわけでもないとヒシヒシと感じます。
次男と同じ療育園に通ってた子が支援クラスにいて、年末に支援クラスに旦那と見学に行ったときに会ったのですが…
雰囲気とかガラリと変わってたりとあり、その日は調子が良くないのかな??と旦那と思っていたら、どうやらそんなことはないようで。
いつもそんな様子らしい
言葉では本当に表現できないのと、誤解を生むのもよくないので人に伝えようがないのですが…
何だか変わってしまってたのを目の当たりで見てしまうと、ここの学校の支援クラスは考えるの止めたほうがいいのかな…と感じてしまいました。
他の学校の支援クラスをいくつか見学したことがありますが、何だか全体的にも雰囲気が違う
何だか、フィンランドの教育現場の子どもの幸せを願ってるというのが欠けてる気がする
幸せを願っての行動が元になってたら、普通クラスや支援クラスて境界いらないんじゃないのかなと思ってしまう。
少人数じゃないとダメな子達がいるのは理解してます
↓だけどこんな先生もいたのよ。
不登校の軽度発達障がいやグレーゾーンの子達と親の居場所って本当にないな、と感じる今日この頃です