10年以上前に、買った酵素玄米を炊くセット。
そのまま押入れに入っていた時期もあり、思い出したら時々食べたくなり、炊く…そんな時間が長かった…。

今年の春、ひょんなことから、続けて炊いて食すという機会をいただき、約2か月半続いている…

初めは、一合一合測るとか眠い目を擦り擦り、
娘が東京へ進学し、次の日の弁当作りから解放された時間、夜な夜な、保温ジャーにあけるまでの2時間
テレビを見ながら…とかしながらえっちらおっちら炊いていた。

一度火にかけると1時間弱は🔥火元から離れられないのだ。

娘のいない寂しさを紛らすように、週に数回そんなことをする夜鍋…。

私の炊き方は長岡式酵素玄米というやり方で、圧力鍋で炊くので、炊飯器よりも少々手間がかかる。

時短がもてはやされ、レンジや炊飯器が素晴らしく便利で、使い勝手も良くなったこの時代に
何故こんな手間をかけるのか?

そんな疑問を自問自答しながら眠い目を擦り擦りの日々…。

長岡式の会の人たちにきっちり確認したわけではないが…私がやってみて、気づかされることばかり…

手間をかけかけ、感じるのは

米は一粒出来るのに88の工程をかけられているから米という字だったな…
とか
昔、おばあちゃんと稲刈り前の田んぼにいなご取りに行って、ぴょんぴょん飛び回るイナゴが鍋に入れられている瞬間を思い出したり…

頭ではわかっていた

いのちをいただく

ということ…

新鮮なものは
まだ生きてるから美味しい…そういうこと
なのかな…って

当たり前だけどそれを肌で…体で体感する。

私たちはあまりにも便利な生活になりすぎて、

大事な根本を忘れかけているかもしれない…

そう感じるようになりました。

それと同時に、いのちをいただく…その生き物のエネルギーをいただいて、私の体も成り立って生かされているってことだなぁと

頭で栄養のバランスとかいうけど…
そうではない…

そんなことを気付かされる作業…

いのちをいただく
食べ物をつくる
食する

それって
儀式みたいだなぁ…

そんなことをぼんやり思う