窓ガラスの向こうで、彼女はハサミを選んでいた。


午後10時、入り口の扉には「Closed」の札。 店内の照明はほとんどが消されていた。


彼女は顔マネキンの頭部に被せたカツラにハサミを入れていた。


彼女はまだお客の髪を切ることができない、「見習い美容師」だった。



高校卒業後、地元の美容専門学校に通い、資格を取った。


上京して1年半。 最初に就職した大手美容室は8ヶ月で辞めてしまった。 人を人とも思わない扱いに


耐えることができなかった。


今の美容室は今月で半年目。 個人経営の小さな美容室だったが、家族的な雰囲気が好きだった。


昔からのなじみの客も多く、美容室はそれなりに繁盛していた。



彼女が美容師になろうと思ったのは、母の影響だった。


母も美容師だったが、彼女が中学二年のときに父親を交通事故で亡くし、給料のいい別の仕事に就いた。


それでも彼女が高校を卒業するまで、母は自宅で彼女の髪を切ってくれた。


彼女は、シャクシャクシャク・・・という小気味よいハサミの音が大好きだった。


母に髪を触られていると、安心だった。 


重くのしかかっていたものが取り除かれ、体全体がホンワカとあたたかくなっていった。


母のような美容師になりたい、彼女はそう思っていた。



昼間は先輩美容師の後ろについて補助をし、閉店後は掃除に洗濯と息をつく時間もない。


彼女が顔マネキンと向かい合えるのは、夜10時を過ぎてからだった。


日付が変わるころ、店長の奥さんがおにぎりを持ってきてくれた。 それが終了の合図だった。



8ヶ月が経ち、最初に勤めた美容室での勤務期間を更新した。



その日の朝。 彼女は店長に呼ばれた。


 - 今日からカット、やってみようか。


あまりにも突然のことで、彼女は動揺した。


開店からしばらくすると、店内の椅子が順番に埋まっていった。


顔なじみの客たちに、先輩美容師がついていった。


 - 一番左のお客様をお願いします。


店長に言われた。 心臓の鼓動を抑えながら、彼女は椅子のうしろに立った。


「よろしくおね・・・・」 彼女の喉に、フタがされた。


母が、鏡越しに微笑んでいた。