ぼくはもう一度、タクシーのなかから昼食場所のホテルに電話をした。


ところが「案会係」は10時に出社するという。ぼくは苛立ちを抑えながら電話を切った。



パナソニックセンターでの歓迎振りに、ぼくは唸った。


30人は座れるであろう大きな楕円形のテーブルの真ん中には、日本国旗と中国国旗が交差して


置かれ、それぞれの席には人数分の資料とペットボトルの水が用意されていた。


センター長をはじめ、中国・北東アジア本部の顧問、当該関連部署の要職者がわざわざ大阪本社


から駆けつけて視察団を歓迎してくれた。


結局、Hさんが言っていた現地集合の3人は1人しか来ておらず、歯が抜けたように2人分の席が


空いていた。


資料のなかに入っていた記念品は、男性用と女性用とが区別されているほどの気の配りようだった。



ぼくたちは2つのグループに分けられ、館内を回った。


それぞれのグループには、先方の中国人(もちろん日本語も話せる)のガイドが付いたので、説明は


すべて中国語で行われた。


ぼくはホテルへ3度目の電話をするタイミングを計っていた。


ホテルは走れば1分もかからないほど目と鼻の先にあったが、グループを抜け出すことは気が引けた。


とあるブースで長そうな説明が始まったのを機に、ぼくはホテルへ電話をかけた。


予約していた人数が大幅に減ったことを詫びながら告げると、意外にもあっさり受け付けられた。


昼食をバイキングにしたことが奏功した。バイキングであれば、席の確保だけで済んだのだった。