今日は、ここ2週間で読んだ2冊の文庫本のお話(ご紹介)です。
1冊は福永武彦著の「忘却の河」、もう1冊は本谷有希子著の「江利子と絶対」。
先に「忘却の河」を読みました。
福永さんの作品を読むのは2冊目。1冊目は「草の花」です。大学時代に読んだ記憶があり、具体的な
内容までは記憶していませんが、いかにも“純文学”という感じで凛とした透明なイメージがありました。
たまたま本屋さんに平積みされている「忘却の河」を見つけ、「草の花」を思い出し、購入しました。
圧倒されました。 「忘却の河」はいくつかの章で構成されていて、それぞれの章が登場人物の独白
になっていて、その章だけで一つの完結した「読み物」となっています。
第1章の読み始めでは、なんのことだかよくわからず、先の展開も読めませんでした。
しかし、読み進めていくうちに、独立したそれぞれの「読み物」が繋がり(といっても、もちろん推理もの
ではありません)、最終章を読み終えた後のある種の“満腹感”は最近味わったことがないものでした。
とにかく、福永さんの小説の「構成力」に圧倒されました。
そして、本谷有希子さんの「江利子と絶対」へ。
本谷さんの作品を読むのも2冊目。一冊目は「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」。
「腑抜けども」は、映画化されていて海外の映画祭にも出品されました。
僕はまだ映画は見ていませんが、公式サイトを見て“原作が読んでみたい”と思いました。
今までに僕が読んだことのないタイプ(?)の小説で、福永さんとは別の意味で圧倒されました。
本谷さんが劇団を主宰しているということはあとから知り、“なるほど”と自分なりに納得したりしました。
「江利子と絶対」は、ある意味「忘却の河」とは両極端に位置する、ホラー系のエンターテイメントです。
でも、戯曲をイメージさせる本谷さんの力強い文章にグイグイと引き込まれてしまいました。
僕は通勤電車のなかで本を読むのですが、どこで区切りをつけたらいいのかわからないほどでした。
特に最後のほうは自分の降りるべき駅を通り過ぎるところでした。
今回この2冊を読むことで、あらためて小説の幅の広さ、奥の深さを思い知らされた次第です。