『ハッピークリスマス』は、「幸せ」を問いかける「反戦歌」である。 | 語り得ぬものについては沈黙しなければならない。

『ハッピークリスマス』は、「幸せ」を問いかける「反戦歌」である。

さっきもテレビ見てたら流れてきたのでどうしても今日書いておかねばと言う気持ちになって酔ったアタマでパソコンに向かう。

クリスマスが近くなってくると街でもテレビでも、日本中で聞こえてくる曲。
ジョン・レノンの『ハッピー・クリスマス』である。
ジョン・レノンは知らなくてもこの時期にこの曲を聴いたことがない人はまずいないだろう。

大変美しい曲なので、「クリスマスって幸せだよね」なソングだと思ってる人が多いようだが、それは違うぞ。この曲は『反戦歌』なのである。
オフィシャル動画を見よ。綺麗なツリーやラブラブカップルなんか出てこないのだよ。
歌詞をよく聞け。浮かれてる場合じゃない。


https://www.youtube.com/watch?v=yN4Uu0OlmTg


僕的には、もしもこのPV見たことがない人がいたら見てくれるだけで充分なのだが、せっかくなので原稿も続けます。「時間ねえよ」という人は原稿は読まなくて良いのでPVは是非とも見て下さい。

最後にテロップで出てくるガンジーの言葉、“An eye for an eye will make us all blind.”。
僕にはなかなか上手く訳せないが、「『目には目を』が人を盲目にする」とでも言おうか。

「やられたらやり返せ!」というのは、「憎悪」のみからではなく、それ以上に「恐怖」から生まれる気持ちである。(憎悪と恐怖はある意味表裏一体だ)
怖くて怖くてビビりまくってしまう。だからなにも冷静に見ることができなくなってしまう。

9.11同時多発テロ以降の米国がまさにそうだった。テロとはなんの関係もないイスラム教施設やムスリム、イスラム教徒、さらに中東の人たちへの嫌がらせが全米で頻発した。
マトモな神経の人であれば、「平和に暮らしているアラブの人たちを攻撃するなんて、テロとの闘いじゃないだろ」とわかるはずなのに、怒りと恐怖でアタマに血が上った単細胞にはそれすらわからない。日本のヘイトスピーチも同じようなものだ。

クリスマスと言えばそもそもはキリスト教の記念日であるが、ジョン・レノンはキリスト教に対して根本的なところで否定していた。
1966年、THE BEATLESが売れに売れまくっていた頃。「僕らはイエスよりも人気がある」と言って米国を中心とした保守系キリスト教団から総攻撃されたとき、「僕は反教会でも反キリストでもない」と若いジョン・レノンは釈明したが、本心では「宗教なんてFuckだ」と思っていたに違いない(と僕は思う)。

だいたい米国の保守的キリスト教団なんかろくなもんじゃないからな。未だに「同性愛者は焼き討ちにしろ」的なことを言っているようだ。東京ドーム何個分みたいなメガチャーチに何万人だか集めて「神様に感動」大会をやっているらしい。米国の田舎の白人は馬鹿が多い。共和党の大きな支持基盤だ。

THE BEATLES解散の翌年の1971年、ジョンは今でも彼の代表曲のひとつとされる『IMAGINE』をリリース。
そこでは、「国家」や「所有」とともに、「宗教」を否定した世界感が描かれた。
「やっぱ宗教なんてかなり変だ」
これが、若い頃から一貫して彼が問い続けた続けた考え、あるいはリアリティなのだと僕は思う。

それでもジョンはクリスマスの歌を歌う。
「Happy Xmas (War Is Over)」は、毎年耳にするしその音はまったく古さを感じさせないので「新しい曲」だと思っている若い人も多いみたいだけれど、“No religion”と歌った『IMAGINE』と同じく1971年に発表された曲である。

当然、主イエスに感謝しようという宗教的なメッセージではない。
なおかつ、ここが大事なのだが「恋人や家族と過ごす幸せなクリスマスのデコレーション」として作られた曲でもない。街に飾られたクリスマスツリーとはワケが違うのだ。

「嫌な現実を忘れて今宵は幸せな夜を」と言っているのではなく、むしろ逆。
「現実を見ろよ。幸せになれない人、虐げられた人、傷ついた人、弱い人たちの幸せを考えろよ」と歌っているのだ。
この曲は「反戦歌」であるが、くだらないイデオロギーの主張ではない。「幸せ」の問いかけである。

詳しいことは知らないけれど、映像は1971年リリース当時のものではなく、比較的最近になって制作されたものを音楽に載せている。この曲が、ハッピーすぎる数多の凡庸なクリスマスソングのひとつとなってしまわないようにというジョンの意思を汲んでオフィシャルPVとなったのであろう。

僕だったらさ、戦争関係の映像だけでなく、爆発してボロボロになった福島第一原発の建屋の画や、未だに仮設住宅で厳しい生活を強いられている被災者の人たちの画を入れるね。
東日本大震災被災者のための仮設住宅は、ピーク時に12万戸あまり。それが3年以上経った今年7月、まだ9万7千戸も残っているのだ。
弱い人たちは置いてけぼりだ。ラブラブクリスマスや、株価高、東京オリンピックみたいな浮かれた話をしている場合かい?

1980年の今日(現地時間12月8日、日本時間12月9日)、ジョン・レノンはニューヨークの自宅前で射殺された。

高校3年だった僕は、当時毎晩のように地元国立市のバーとか音校並びの養老乃瀧とか駅前の赤提灯「さかえや」とか、あるいは一橋大学構内瓢箪池とかで飲んだくれていたのだったが、その日はやっぱ「ペニーレイン」だった。

原宿の「ペニーレイン」は吉田拓郎の歌で有名だったが国立旭通りのペニーレインはそれとは全然関係ない。
BEATLESが好きで、Rock'n'rollが好きなお姉さんがひとりでやっていたロックバーなのである。僕らは「ママさん」と呼んでいた。ごめん、高校3年生の僕らにはおばさんに見えたのだ。
そこで僕らは、ClashとかJamとかSex Pistolsとか、もちろんJohn Lennonとか聞きながら、サントリーホワイトを浴びるように飲んでいたのだ。

しかしその日、いつもは元気なママさんがず~~っと泣いていたのを覚えている。
僕らは子どもだったので泣き続ける年上の女性にどう対応していいかわからず、柿の種をつまみにひたすら飲み続けているだけだった。

僕はと言えば、ジョン・レノンの死を境に、その後15年ほど音楽をほとんど聴かなくなった。だから1980年代の音楽は全然知らないのである。
日本はバブル、つまり価値の崩壊と、灯滅せんとして光を増す時代へ突入した。

ええと、今日はジョン・レノンの話であって清志郎ではないのだが、やっぱこれかな。
素晴らしい日本語訳。


https://www.youtube.com/watch?v=hNSaDij31dw

2007年12月8日。ジョンの命日に行われた「ジョン・レノン スーパー・ライヴ」より。忌野清志郎は、その前年に喉頭癌が見つかって音楽活動を一時休止。体調不完全なままステージに立った。

ついでだが、ユニセフの世界的キャンペーン『イマジン・プロジェクト』のCMが昨日(日本時間12/8)公開された。都内の屋外ビジョンなどでも流れるらしい。(http://www.unicef.or.jp/news/2014/0178.html
上で紹介している2007年の「ジョン・レノン スーパー・ライヴ」の映像が使われている。(https://www.youtube.com/watch?v=iWH7IItEMMo
世の中にはまだ少しはマトモな人がいるんだなと思えるお話。


https://www.youtube.com/watch?v=RtvlBS4PMF0