低能起業家 | 語り得ぬものについては沈黙しなければならない。

低能起業家

『週刊文春』は面白い。文藝春秋社ではいろいろ仕事をさせてもらっていて、その関係で毎週送っていただいているのだけれども、だからヨイショするというわけではない。
『週刊誌』っていうと「いかがわしい」って思う人もいるようだが、そんなことはないよ。文春、新潮、現代(講談社)、ポスト(小学館)、朝日など、老舗出版社の週刊誌は、政財界から芸能人、文化人、闇の世界に至るまでかなりちゃんとしたネットワークを持っていて、だから面白いネタが集まってくる。
「興味本位じゃないか!」と言われればその通りだけれど、それでも3.11直後、テレビや新聞が御用学者ばかり登場させひたすら「安全デマ」を煽っていた中、週刊現代や週刊朝日、また週刊文春も果敢に闘いを挑んでいた。

電力会社は広告費を払うことでマスメディアを押さえているわけだが、特にテレビなんかでは、「原発は危険」というのは御法度だった。ここでは詳しくは書かないけれど、あるキー局の報道ディレクターから聞いたのは、業界内で原発はあまりにもずっとタブー視されていたため、あれだけの事故が起きても「政府や、御用学者の言っていることは嘘なんじゃないか」という姿勢で報道することができなかった。報道の精神よりも組織のタブーに気を遣うという、まったくもって駄目な連中だ。

今でこそ、昨日観たTBSの『報道特集』やテレ朝のニュース番組などでは原発批判が行われているが、事故から二ヶ月間くらいだったか、一番大切な時期にテレビは視聴者を、そして被災者を裏切った。これは今後きちんと落とし前つけていただかないと困る、と僕は思っている。(広告費をもらっていないNHKには別の問題があったのだが、面倒なのでここでは書かない)

それに対して週刊誌はよかったなあ。
ちょっと横道だが、雑誌でも、ファッションやコスメ系なんかは、広告売り上げの比重がとても高い。極端な言い方をすれば、雑誌が全然売れなくてもメーカーからの広告費がたっぷり入ってくる、という仕掛けになっている雑誌もある。
でも、週刊誌はそうはいかない。もちろん広告費売り上げもあるけれども、それ以上に駅売店、コンビニ、書店などで読者の興味を惹いて実売数を伸ばすことが大切だ。
広告料金だけに頼っている民報地上波とはまったく違った原理が働くのだ。だからこそ、事故直後「テレビや新聞じゃ言わないけど、原発やばくね?」と思った多くの読者に対して、テレビや新聞じゃ言えない真実を伝えることができたわけだった。

3.11以後の反原発の流れを作ったのはマスメディアではなくインターネットだ、という言う方がある。
たぶんそれが大きいのだろう。でも、マスメディアの中でも週刊誌やラジオは頑張っていたよ、と僕は思う。

ええと。

『週刊文春』の話だった。

今、手元には最新号があるのだけれど、『ワタミ』の創業者である前会長渡辺美樹の欺瞞を追及する記事の第5弾が掲載されている。
渡辺美樹というのは僕的には「今、日本でもっとも鼻持ちならない連中」のひとりなので、だからなかなか痛快な記事だ。

なにが鼻持ちならないのかと言えば、当然のことながら「いかにもネオリベ的な自己満足男」のようであり、「他人に対する想像力が欠如した馬鹿が強大な力を持ってしまった」という、よくある例の典型だからでもある。

ワタミといえば、ネットではかねてよりブラック企業として有名だった。要するに人使いが荒すぎるのだ。
入社わずか二ヶ月後に月140時間を超える残業を強いられ自殺した森美菜さん(享年26)の話は有名だ。

語り得ぬものについては沈黙しなければならない。


こんなノートを残して命を絶った美菜さんに対して渡辺美樹の言い草は「労務管理できていなかったとの認識は、ありません」と、自分の責任を認める気はさらさらないようである。

語り得ぬものについては沈黙しなければならない。

だけど『週刊文春』の記事によると、渡辺美樹は実際に社外秘の冊子『理念集』で、「365日24時間死ぬまで働け」と社員に呼びかけていたらしい。

でね。

何が問題なのかというと、それは渡辺美樹が「自分は悪いことをしている」とはまったく思っていないことだ。
もしも「そもそも従業員を殺そうと思って雇っている奴」であればわかりやすい。でも、そうではないことがより一層悪い。

彼自身、佐川急便だかで必死に働いて会社を立ち上げたらしい。
それこそ『365日24時間』の勢いで働き続けてきたのだろう。そしてその結果、本人的には納得のいく生き方をしているのだろう。
まあそれは渡辺美樹の勝手だ。
でも、誰もがそんな、そんな「上昇志向」を持っているわけではない。

僕は「上昇志向」なんか今やもうないので、まあ、安いお酒を飲んでだらだら暮らせれば良いのです。一生借家で充分。偉くなりたいとか思わない、ていうかむしろ偉くなりたくなんかない。

ところが渡辺美樹のような上昇志向の塊のような人間は、「誰もが自分と同じような上昇志向を持っている」と信じていて、疑ったことすらないのではないのかな。

ちなみに「上昇志向」を大辞林で引くと
『より上の地位や生活水準を目指すことを優先する考え。』
とある。
ここで大事なのは、「地位」や「生活水準」以外の価値は優先されない、ということだ。

たとえば、素敵な恋とかさあ、素晴らしい小説、映画、音楽に出会うとかさあ、あるいは地味でも幸せな家庭を築くとか。
人生においていろんな「価値」があるわけだけれど、一番大事なのは「地位」や「生活水準」といった恐ろしく俗なモノサシで測れるもの。これしかないに決まってんじゃん。
とまあ、これが、僕の使う「上昇志向」ということばの意味である。

「地位」や「生活水準」を最優先にする人はそれはそれで良いのだけれど、そんなのは別にどうでも良い(あるいはそこそこで良い)という人のことを、彼らは想像することもできない。
一番困るのは、自分が思う以外の価値を持った人については、なんの想像も及ばないという馬鹿さ加減だ。

だから「365日24時間死ぬまで働け」ば自分のように幸せになれるよ、と、なにも悪びれずに言うことができる。本人が「それこそが正しい」と思っているのだからしょうがない。
「仕事で上昇することこそ人生の幸せ」と思っている馬鹿にそれ以上の思慮深さを求めても無駄である。

でもさあ、そういうかなりの馬鹿が現実的な力を持ってしまうんだよね。
困ったもんだ。

『週刊文春』最新号には「待機児童ゼロ」を果たした「横浜方式」に対する、ジャーナリスト猪熊弘子氏からの批判記事も掲載されている。

待機児童問題は深刻なので、「横浜ではそれをゼロにした」ということを聞くとみんな「すごいなあ」と思う。
でも実際はかなりの歪みも出ているというわけだ。

一番の問題は、会社組織に保育を任せたことである。
そもそも「会社」というのはなんのために存在するのかと言えば、「利益」のためだ。それ以上でもそれ以下でもない。会社というのは原理的に「利益追求のためのみに」存在するのである。
「横浜方式」の現実的な問題点は「週刊文春」の記事を読んでいただくとして、僕としては「そもそも論」をさせていただきたい。

多くの会社がそれぞれの事業分野で利益を追求するのは、まあ勝手にやってなさいよと言う感じである。
でもさ、「保育」っていうのは「利益追求」とはそぐわないんじゃないの? 自己利益の追求のみが目的である営利企業にやらせてはいけない公共性の高い仕事もあるんじゃないの?

「保育」だけじゃなくて、たとえば「学問」や「医療」もそうだ。
「学問」の目的は「真理」の追求であって、決して金儲けではない。
「医療」でいえば、「今すぐに手術をしなければ死ぬ」という患者が病院やってきたとき、彼の貯金残高やクレジットカードの利用可能額を与信して手術代を払えない奴は手術をせずに追い返す、というのが我々の目指す社会の在り方か?

「保育」も「目指す社会の在り方」と深く関わっている。
もちろん「待機児童」は減らすべきである。でも、数字上ゼロにすればそれでめでたしめでたし、というわけであるはずがない。
これからの社会の担い手である子どもたちだ。数字上どう見せかけるかではなく、実質的にどういう保育をするかがが大事なんじゃないの?

眠くなってきたのでざくっと行こう。

「横浜方式」を支えたのが国内最大手の保育企業グループ「JPホールディングス」と、その中核企業である「日本保育サービス」だという。
その代表取締役社長が山口洋という奴で、国の保育関連審議会のメンバーでもあるらしい。
で、「週刊文春」の記事のよると、山口洋は社員研修で「持ち株会」への入会を「強制参加です」と言っていたらしい。

「持ち株会」というのは、毎月給料からいくらか天引きされてそれで自分の会社の株を買うわけである。
会社を辞めるときそれを売った金額が戻ってくるので、つまり会社の株価が上がっていれば得をする、ということだ。
そんな「持ち株会」に入れ、と山内洋は社員に強制していたらしい。

でもさ、株価なんて言うのは上がりもすれば下がりもする。社員ひとりひとりがどう働くとはまったく別に、グローバル市場に影響される。あるいは、社員がどんなに頑張って働いても、もしも代表取締役山口洋の不祥事があってそれが発覚すれば株価は下がる。
要するに、社員のモチベーションと株価は、関係ないのだ。

にもかかわらず
「せっかくみんな同じ気持ちになってもらいたいのに、やらない人が出ると全体として少なくなってしまう可能性が出てしまう。だから全員強制」
と、山口洋は言う。

なんたる想像力の欠如!

山口洋、お前は株価が上がればウハウハかもしれない。あるいは株価が下がることに対してびくびくしているのかもしれない。それがお前の人生かもしれない。
だけど、株価なんかどうでもよくて、単に現場で子どもたちに真摯に向きあいたいという熱心で真面目な人の気持ちなんか、山口にはまったくわからないのであろう。
「一旗揚げるために保育士になりました」なんて奴がいたら僕は絶対信用しないよ。

つまりまあ、渡辺美樹と同じ種類の人間だ。
金儲けや自分の地位、生活水準こそが一番大事だと考えていて、さらにまた、すべての人が自分と同じように考えている、と信じて疑ったことがない。

僕的に言うと、つまりこれは低能と言うことなのだが、そんな低能がいろんな分野で力を持ってしまって、日本はますます醜い国になっていく。

酔っ払い文章だな。
まあいいか。