検診に行ってきました。
人が多くて、待ち時間がもったいないと思い
待合所にあった本を手に取りました。
その本は、とあるご住職さんが書かれている子育て本でした。
障害児も受け入れる保育園のような施設を運営されている方だそうです。
ゆっくり読めなかったけど、それでも印象深い文面が。
文章までは覚えてないので、私の解釈で綴らせてもらいます。
実際の本文とはかなり違っていますが、こんな内容でした。
ご住職さんが お付き合いもあり、ロボットの展示会に行ったそうです。
そこには現代の技術を駆使した巧妙なロボットがたくさん!!
とても楽しく興味深い時間だったと。
しかし、そこでご住職さんは人間の身体のすごさを改めて再確認されました。
どんなに今の科学の力を駆使しても人間の手は作れない。
程よい柔らかさに暖かさ。
どんなサイズのボールでもしっかり掴めるどころか、米粒のような小さなものも掴めてしまう。
うす~い紙もなんのその。
鉛筆をもって字を書き、箸をもってご飯を食べる。
頭が痒いと思えば頭をかき、痛い所はベストな加減でさすれるし、指圧も出来る。
人の頭を撫でたり、握手をしたり、人とのコミュニケーションもでき
一人で手遊び歌までできてしまう。
どんなにお金を積まれたってこんな便利なものは作れない。
手だけをとってもこんなにスゴイんだ。
人間の身体の一つ一つはそんな "スゴイ" の集大成。
この豊かさに、人間は気付いているだろうか。
手があり足があり、目があり、耳がある。
心臓は24時間休む事なく血液を身体中に巡らせている。
24時間呼吸をする。
その時 当たり前に吸っている空気だって誰にも作れはしない。
自然が無償で人間に与えてくれているものだ。
それなのに に見える物質に執着し、あれがないこれがないと不満をもらす人々がこの世にどれだけいることだろう。
この瞬間の我が身の豊かさに感謝するのを忘れてはいまいか。
こんな内容でした。
書きながら今ふと思い出しましたが…
私の母親の左手は親指しかありません。
私が小学2年生の時に、パートに出ていた工場で事故に会って
4本の指を切断しました。
その後何事もなく普通に生活する母に
私は何の違和感を感じることもなく、お手伝いもせず、子供時代を過ごしていました。
指がなくなった後、母を気遣う言葉をかける近所のおばちゃんに
「親指があるから何でも出来るよ、不便はないよ」
と母が笑顔で話していたの覚えています。
今考えると、その時の母はまだ30代。
3人の子育ての真っ最中。
どう考えても辛くない訳がない。
でも私は、母がその事で嘆いてるのも涙を流すのも見たことがない。
情けなくも若い頃長い反抗期を過ごした私。
今は母を心から尊敬している。
指がない事を忘れさせる母。
やっぱ 母親 ってすごい。