ふるさと戦国武将Ⅰ | JUN16のブログ

JUN16のブログ

5年ぶりですみません!経済的自由への旅路にいる「JUN16」の日記 (^-^

 「わがふるさとの戦国武将といえば、この人!」そんな人物が、すぐに思い浮かびますか?


岐阜県の場合は、

戦国三梟雄の一人で、美濃のマムシの異名を取る「斎藤道三」。

道三の息子で、6尺3寸(約190cm)の大男、信長も撃退した「斎藤義竜」。

戦国二兵衛のひとり、秀吉の天才軍師「竹中半兵衛」

ご存知、本能寺の変で有名な「明智光秀」。


 などなど、スター勢ぞろいなのですが、これが千葉県となると・・・、実はなかなか思い浮かびません。


 千葉県の南部、房総半島の方では、里見八犬伝で有名な里見氏に、「里見義堯(よしたか)」などが思い浮かぶかと思いますが、千葉市周辺ではなかなか思い浮かばないのです。

 千葉氏という戦国大名は確かにいますが、では具体的な人物名になるとなかなか出てこない。


 そんな千葉周辺の戦国武将ですが、有名ではないけどインパクトのある方がいます。それが、足利義明(あしかが・よしあき ?~1538)です。


 足利?将軍?たしかに同じ足利一族ですが、将軍ではありません。

しかし、現在の千葉市南東部、おゆみ野付近に、小弓御所を構え、「小弓公方(おゆみくぼう)」と呼ばれていた方ですので、千葉周辺地方では将軍(の代理)みたいなお方です。


 この足利義明さんは、どこかと軟弱な雰囲気のある足利将軍一族にありながら、めちゃくちゃ武勇に優れたお方だったようで、周辺の戦国大名を切り従え、勢力を拡大していきます。


 その強引な勢力拡大が他勢力との大きな衝突を招きました、それが第1次国府台合戦(1538年)です。ここでは、里見氏の援軍の下、小田原の北条氏(北条氏綱)らと戦いましたが、義明さんは華々しく討死されています。


 国府台(こうのだい)は、現在でいうと千葉県はJR市川駅の北西付近。ここでは、北条氏が里見氏と再度戦った第2次国府台合戦(1564年)など、その後も、大きな合戦が続きました。


 ペタしてね