ニュースでもよく取り上げられる話題に、「夫婦別姓」があります。
結婚で「姓」が変わるのは嫌だ、不便だ、女性蔑視だ。
推進派の方には、いろいろな根拠があるのでしょう、ただし賛成でも反対でも、ここまで極端に考えてみるのはいかがでしょう。
それが、「姓」選択の自由。
たとえば、佐藤さんという人がいて、結婚する相手が鈴木さんだとします。
鈴木に改姓するのは嫌だ、佐藤のままでいたい。
佐藤さんと鈴木さんの間に生まれた子ども「Aさん」は、佐藤か鈴木を選べる。
これが、推進派の方の描いている夫婦別姓とその後の家族像でしょう。
ここで問いたいのは、ならばこの具体例で出した「Aさん」が今後直面するような、お父さん・お母さんの姓を選択できる権利、そもそも全国民に与えてもよいのではないか。
つまり、あなたのお母さん(お父さん)の旧姓に、あなたが改姓する権利です。
もっと言えば、自分と血縁関係にあることが証明できるご先祖様の「姓」は、全部選択することができるようにすべき、という考え方も成り立ちます。
ご先祖様を調べていけばわかりますが、自分とつながっている名字がどんどん明らかになっていきます。私自身つながりが判明した名字でも、現在14あります。
たとえば、身近な祖父母の名字でさえ、全部で「4つ」もあります。この名字を自由に名乗れる権利があってもいい。
たしかに、ころころと名字が変わるのは社会的にも混乱しますし、家族で名字がばらばらなのも、他人から見れば複雑に感じます。
極端な話をしましたが、ここで言いたいのは、私たちは自分の名字(=「家」)という概念を超えて、自分とつながっている名字(言い換えれば、これも「家」です)がたくさんあることです。
この事実を今一度知って、じっくり考えてみることも大切だと思いました。
