福島第1原発事故がもたらしたものについて以前書いたけれど、もう一度振り返ってまとめてみる。

 福島第1原発事故は有史以来最大の事故・事件である。そして、この事故・事件は、「産業優先」の、多くの日本人の「貧しい精神」を世界中にあらわにした事故・事件と言っていい。

 「食べて応援」をみても分かるが、「世界の常識」が日本では通用しないということでもある。

 もう少し、踏み込んで考えると

1.ひとりひとりの本音や行動力が他人の前に明らかになった。隠せなくなったということでもある。バカはバカをさらけ出していると言うことだ。


2.そして、学歴・職業・経験に関係なく、90%以上のバカと、10%以下のまともな神経のものとによって、現代日本は成り立っており、バカはバカゆえに「壁」をつくりつづけ、ほとんどの場合、「聞く耳」をもたず、考え方・生き方を変えないと言うこともはっきりした。

①個々人の課題は多くなり、もはや、労働場面以外ではバカとつきあう時間はなくなったということでもある。

②バカとは別れ、ひとりで生きる方が賢明。「なれあい家族」も必要なくなったと言うことでもある。

③バカは内部被ばくリスクを高めていくだけ。


3.世界中の人たちに、日本人の学歴・職業・経験そのものも問われることになったが、「ウソをつかない心」とか「公正な精神」とか、「理をもって筋道立てて考える」とか、当たり前やそれに基づく行動の大切さが明らかになったとも言える。


4.上記に関係して、政治家・専門家らの言うことが信じられないということもはっきりして、自分で情報を集め、自分で考え、自分で行動することが大切になった。そのためにインターネットの情報が威力を発揮する時代になった。


5.隠し続ける関東・東北のメディアと、真実を告げようとする西日本・北海道のメディアとの開きは日に日に強まってきており、もはや、関東の時代は終わりをつげ、西日本と北海道に時代に入ったと言える。


6.欧米では「環境重視」ということですでに「環境の時代」に入っているが、日本でも西日本・北海道への避難・移住が日に日に増えており、「環境重視」の志向が強まってきている。3.11や原発事故は「環境重視」志向を高めたとも言える。


7.放射能だけでなく、黄砂・PM2.5などの問題もあり、自炊する・室内に干す・マスクをして外出するなど、日常の実践も大切な時代になった。


8.西日本や北海道にいても、給食問題(牛乳や食材産地など)・学校行事問題(修学旅行の場所など)について、親たちが団結して動くべき時代になった。関東・東北においては内部被ばく問題が大きくのしかかってくる。闘争はこれからが本番となる。行わなければ、子どもの内部被ばくリスクを高めるだけ。動く者たちが内部被ばくリスクを減らすということで、言葉以上に行動・実践が大切な時代になったということでもある。



 40年前、公害闘争があった。40年前学生運動があった。学生運動は左翼運動と思われているが、日大の封建的体質や東大医学部の「非正規雇用インターンの過酷な労働条件」がきっかけだった。わたしがいた法政大学でも文学部助手「非正規雇用者」の解雇撤回闘争が起きた。これらの闘争において当時の「既成左翼(日共や社会党)」は基本的には大学側についた感があり、具体的には動こうとしなかった。だから、そこに「新左翼」が入り込んだ。40年前の成田闘争も同じ構造だ。

「過酷な労働条件」「非正規雇用」「権威主義的封建的体質」「既成左翼の既得権擁護」が原発問題においても起きている。醜い構造は40年前と変わりないと言うのが私の見方だ。「高度成長」「バブル」に浮いて、闘争を回避してきた生き方にも問題がある。

 40年前の精神に帰って闘争すべきだが・・・・・。あの頃の精神は・・・・・ただ言えるのは、闘争回避すれば、内部被ばくリスクを高めるだけ。誰も助けてはくれないと言うことだ。