この時期、たくさんの重要課題がある中、抽象的な「秘密保護法」なんぞ、いらないのは当たり前です。だから自民党やそれに同調する政党なんぞ、政党に値しないのは当然ですが、そんな抽象論よりも、福島第1原発事故前の日本の基準から見ても、チェルノブイリの基準から見ても、福島や関東のホットスポットの子どもたちの避難をいまだに主張しようとしない政治共の蔓延。東京の放射能濃度を「秘密」にしてオリンピック賛成にまわる政治屋共の蔓延。
 具体的問題に答えようとしないその態度は、評論家とても同じで、彼らは、何のことはない、「秘密保護法」に心を向けさせ、反対することによって、「東京安全」を貫き、資産価値崩壊を恐れる出版屋と協力して、自分たちの存在を存続させる「策」として、この「秘密保護法」を利用しているように、わたしには思えるのです。
 簡単に言ってしまえば、一部の商業プロレスの「ショー」と同じです。賛成であろうと反対であろうとそこにエネルギーをつかうということは「秘密保護法」に人心を奪わせるということ。「子どもの避難」「学校給食・学生食堂食材の危険性」「ガレキ処分」など、生命にかかわる緊急・肝心の課題から遠ざけるということ。人心を、緊急・肝心の課題から遠ざけさせ、てめえが築いてきた資産を守り、今後もさらに資本の論理のおこぼれにあずかろうとする根性だということ。・・・・・800ベクレル以上と思われる国会議事堂前などでのデモ・集会は、賛成側・反対側にとっても「東京安全」の証となり、JRもホクホク顔という訳・・・・。東京オリンピックと本質的には同じ次元の話です。「ショー」であり「資本に有益」であり・・・・・。

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