八ケ岳の「中腹」海抜1000m近くの縄文井戸尻遺跡から今日の日本を見ていくと実に面白いと思います。面白いと喜んでいられない話ですけど・・・・。

 雑食・雑穀の縄文。非階級制の縄文。地球温暖化のため、関東の低地が水没。やむを得ず避難して800mから1000mの地に住むことになった縄文井戸尻の民・・・・。

 弥生時代からの階級制は、低地(平野・盆地)に根付きました。特に3方を山で囲まれた海岸の鎌倉市のようなところは、軍事的にも価値を高めたのです。しかし、それが災いしました。放射能が集ることとなったのです。盆地も同様。高層ビルに囲まれた新宿付近も同様・・・・。
 弥生時代からの「価値の転換」が今始まったとわたしは見ています。しかし、低地に資産を持っている奴らは沈黙しています。全財産がパーになるのを恐れるからです。その資産家にとりまいているボンクラ・日和見・トンマ・キ印・意志薄弱共たちも、資産家への寄生虫根性を発揮して「沈黙」。それが今の状況と見ていいでしょう。

 子どもや学生の健康よりも、てめえらの利権や資産が大切と沈黙。議員共は学童疎開を唱えません。日教組教員も学童疎開を唱えません。学童疎開が実現すると、母親も都市にいなくなり、選挙民がいなくなることで、てめえらの身分が消滅するからでしょう。

 もっとも、大量のバカ学生共も、いろいろと放射能情報が入っても、「肥えたご担ぐような田舎生活」をいやがり、「東京滅ぶと日本滅ぶ」とバカなことを言っているわたしの息子のように、「東京幻想」を持ち続けています。「消費生活」を維持したいがために、自分たちからも「沈黙」を決め込んでいるのです。バカ教授に金払い、放射能にあたって「消費生活」・・・まともな神経じゃぁありません。東京23区の山手線内側から下町方面は、もうすでに、深刻な事態になっているというのにです。


 縄文は「低地の文化」とは限らなかったのです。むしろ低地を失った人たちの「高地の文化」の場合が多くあったと考えられます。「弥生」になって気候条件が変わり「低地の文化」になって今日をむかえています。それが災いしました。地震・原発で・・・・。


 1960年初めまで、日本には戸籍のない海上生活者がいました。東京オリンピックのため、外国人に知られると「恥」と考えた時の政府は、海上生活者を強制的に地上に住まわさせました。

 安土桃山時代までは水軍が活躍しました。水軍なくして日本の歴史は語れないくらいです。

 明治までは山には「さんか」という移動の民もいました。徴兵制のため定住させられました。

 こういった人たちは土地にはアイデンティティを持っていなかったと思われます。土地への執着は見方によっては「特殊観念」でしかないのです。
「緊急時にはそれまでの土地を捨てて移動する」当たり前と言えば当たり前です。

 状況によっては、自分の考え方・生き方・行動内容を変えるのは「当たり前」ですが、理屈では分っていても、実行できない、「特殊観念」や「私欲」がそれを阻んでいる場合がある・・・・悲しい現実が見えてきます。

 

 南関東ガス田、東京山手線内側の活断層の存在、高濃度の放射能。それらが伝える「避難の緊急性」。、「特殊観念」や「私欲」を捨て、生命を守る「当たり前」の行動をとる時にきたのです。まず必要なのは「学童疎開」と信じます。そして、若者たちの「価値の転換」です。交通手段もない中移住した縄文人の行動力を見習うべきでしょう。


 戦後、縄文文化を高く評価した画家は「実験・前衛芸術」を唱えた岡本太郎でした。彼の「実験・前衛」精神は実は「縄文復古」でした・・・・。「実験」でも「前衛」でもなく「「温故知新」の一環としてあったということです。