テストのあり方が、「書く」に集中していると感じることありませんか?
私が日本で小学校の教諭をしていた頃は、テストと言えば筆記試験でした。
しかも、テストは、業者から送られてきたものをそのまま使用していました。
教員として、やることが山のようにあり、こなさなければならないこと、したいこともたくさんあったので、このテストが通知表を決める大きな要素でいいのだろうか?と思いはしつつも、
自分で新たにテストを作るような能力もなく、学年で足並みを揃えようと言う先輩教諭の声も聞き、言われたとおりに、テストを実施していました。
国語のテストも筆記試験、算数のテストも筆記試験、理科のテストも筆記試験、社会のテストも筆記試験…。
大抵、「読む」「書く」の力が長けている子は、おおよそどの教科もテストの結果が良いです。
そして、「読む」「書く」が苦手な子は、残念ながらどれだけ好奇心があっても、どれだけ創造力があっても、テストには反映されず、テスト成績は良くない、テストのあり方でした。
先日、日本で現役の英語教員をしている中学校の先生と話す機会がありました。
中学校の英語教育の評価方法も変わってきており、「書く」「読む」だけの能力ではなく、「話す」「聞く」の能力も、テストで測るそうです。
ただ、中学校の授業としては4つのスキルを学び、評価するにもかかわらず、高校の入試は変わらず「読む」と「書く」なので、結局中学3年生になる頃には、子どもたちは受験を意識して、書くことと読むことに集中せざるを得ない環境になっていくそうです。
オーストラリアの小学校で、外国語としての日本語を教えて、9年が経ちました。
オーストラリアでの語学の評価は、4スキルを見ます。自己紹介を日本語でしたり、買い物の寸劇をしたり、けん玉のプレゼンテーションをしたり、
話したり聞いたりする機会をたくさん設けていましたし、オーストラリアのカリキュラムに照らし合わせて、設けなければなりませんでした。
日本のような、入試という制度がないので、
ある一日の試験に向けて中学校や高校に入学するために試験を受けると言うこともありません。
それでも、私個人としては、日本のテストのあり方も、オーストラリアのテストも、やはり、「読み」「書き」が中心であると感じ、
世界中のいろいろな教育法に触れたい、学びたいと
今年は、オーストラリアの学校を休職して、世界のいろいろな教育を探る旅に出かけております。
教育って、人の成長に直接関わることができる幸せがありますが、正解がなくて、ここまでやったからもう終わりというものでもなくて、
楽しさと難しさが共存していますよね。
私が、今現在、お伝えできるのは、自分の体験に基づく日本とオーストラリアの教育に関してで、
オーストラリアの教育に関しては、
日本の教員免許を生かしてオーストラリアで正規の教員になる方法をスカイプにてお伝えしています。
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