京都に移籍した年のこの日にこの世を去りました。
今でも鮮明に覚えてます。この日は高松に向けてアウェイの移動日でした。僕は前日に親友が入院していた病室で彼を見舞っていたんですけど、彼の意識はないまま、できる限り見守り、体を擦り、戻ってこい、戻ってこいと祈りながら彼に話しかけていました。
次の日に移動だったので、短い時間でしたが、東京からまた京都に戻りました。
一夜明けて、移動中のサービスエリアで電話がなりました。
親友の携帯からでした。
期待と不安の両方でしたが、声を聞いてすぐに彼が亡くなった事を感じました。電話の主は奥さんからでした。
電話を切ったあとに涙が止まらずに、その時のアウェイの高松戦は乱れに乱れたのを覚えてます。
そんな彼が残した忘れ形見の愛娘ちゃんが、三歳になるころだと思います。
皮肉にも愛娘ちゃんが、誕生日を迎えるたびに親友がこの世を去って何年目と一緒に数えれて、すぐに思い出せるのは本当に皮肉なことですね。
大切な人を亡くす痛みは、数回経験しましたが、傷が癒えるのはやはり、同じだけ同じ年数、かかります。
まだまだ思い出すたびに、想い出を回想しては、涙が出ます。
ただ、経験から、恥じない日々を過ごす事をモットーに掲げながら意識が変わっていけた事は彼らが僕に残して教えてくれた事。
だからこそ、人に関わる事にも恥じないような付き合い、かかわり合いが持てるように心掛けています。
いつもありがとう

親友 中里亮に捧げる。
安らかに
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