もうあれから10年が経ちます。
長かったようで、あっという間な気もします。
今までと何も変わらないものもあれば、たくさん変化が生まれたものもありました。
変わらないものは、愛情と思い出、そして兄が僕に残してくれたもの。
大きく変わったものは、精神面。
そして、兄が亡くなって7年目、ようやく心が軽くなってきて、気持ちが透き通った気がした。 そしてそんな晴れ晴れした気持ちも束の間で、親友の死を経験、そして一昨年にはもう1人の親友の死を経験することに。
良い人は短命とは誰かが言っていた事ですけど、本当にそうだなって思いました。
自分が今でもふと思い出す事、それは亡くした最愛の人、親友が今居たら? 自分が本当に居て欲しい人が居ない事、どんなに孤独でどんなに寂しい事か? これは経験した人にしかわからない事ですけど、いつかは誰でも経験すること、これは避けては通れないものです。 これが早いか遅いかの違いですけど、いくつになっても大切な人を亡くすというのはなによりも変えがたいものであり、耐え難いものであり、そしてそこから得るもの、学ぶものは有難いもの。
生きたくてもどうしても生きれなかった人がいて、やりたくてもどうしてもやれなかった人がいて、今でも生きながらそうやって苦しんでいる人がいるのも事実であり、そしてわが身を振り返った時に自分は? 五体満足に生活をできているならば、当たり前のように呼吸をして空気を吸えて、息を吐き、目で見て楽しみ、色を楽しみ、動きを楽しみ、生き物を感じ、鼻で匂いを楽しみ、耳を澄まして音を楽しみ、人との会話、トーン、そして味を楽しむ。 手では感覚、感触、温もり、熱を感じ、人の温かさに触れる。
ものがなくても目を開いて一日の始まりから終わりまで全てを無駄なく存分に全身で楽しみつくして、また明日もそんな充実した幸福の一日を迎えれるように願う。
そんな感謝の心で溢れた、豊かな生活を送れるように。 豊かさは心から来るもの。 命があることが、一番の喜びであること。 活かされている事を決して忘れない事。
この日は特に命の大切さを一番強く感じる日です。
最愛の兄に感謝の日です。 悲しみはいつしか感謝に変わることを学びました。

