何かのせいにするのではなく、誰かのせいにするのではなく、表面だけをみて判断するのではなく、偏らないように。
表があれば裏もあり、裏だけではなく、側面もある。 楽しさがあれば辛さがあり、喜びがあれば悲しさがあり、笑いがあれば怒りがあり、気持ち良さがあれば、痛みがあり、心地よさがあれば不快さがある。 あくまで簡単な例ですけど、表面だったり、一方向しか見えていないと、いつの間にか当たり前の事に慣れすぎて当たり前の事に感謝だったり、有難味さえ覚えなくなる事も出てくると思います。
普段何気ない発言、行動にも出てきてしまうと思います。 自分が何気なく言った事が相手の神経を逆撫でしてしまったり、その時、その場で不適切だったり、相手が求めているようなものでなかったり、しらないうちに相手を傷つけている場合もあるかもしれない。
普段からそんな当たり前を当たり前と思わない事、今まで思い出せるだけの受けた恩だったり嬉しかった事、自分が感謝すべきと思う事を出来るだけ思い返して思い出す時間を持つ事。 そして忘れないように、その時感じた事を更に強く想い大事にしていくこと。 そんな物思いに耽る時間は必要だと思います。 こんな時間をいつの間にか持つ時間さえ、持たない人が増えている気がします。
ただ突発的に浮かんだから軽い。 物思いに耽って出てきた物は、突発的なものより確実に深いのだから。 時間をかければかけた分だけ深さは増し、それにかけた時間は無駄に終わらず、次の成功へのアクセスになるもの。 努力した分必ず力になる、手間をかけた料理は美味しいものが多いように、時間をかけずに得られる大きいもの、価値のあるものは少ないと思います。
最近の例で言えば、冬季オリンピックで盛り上がった、浅田真央選手とキムヨナ選手の決定的な違い。 それは賭けた想い、かけてきた時間だと思います。 三年間かけて色んなものを犠牲にしてきたキムヨナ選手、全てを徹底してまた四年後のオリンピックを考えれないくらい賭けてきたものは大きな差だと思います。 国の違いで考え方にも違いは出るでしょうけど、ピークのもって行き方も上回っていましたね。 最後の集大成で世界最高得点を出せたのが、証拠ですよね。 時間をかけた分喜びも報われた分想像を絶するものだと思いました。
なんでも時間を惜しむようになった時代なために簡単レシピ、簡単ダイエット、何分で出来るなんたら?みたいなものが、出回っているのも、楽して何かを達成したい、楽をして何かをするっていう片手間的な空気が充満しているからかな~~って思います。 片手間じゃぁ もう片方をどうするの?って どっちも中途じゃないかな?って想うんですけど。
そんな楽をしようとし始めたら誰かが誰かの真似をする。 そして真似する人がどんどん増えて誰もそれをおかしいとも、思わなく麻痺してくる。
感覚の麻痺がずっと続くようだと感性さえも侵されるようになってくると思います。
そんな独り言でした。 長々物思いに耽ってしまいました~~
偏らないように 偏らないように。 今日は、ちょっと練習終わってからぶらぶら歩いていた御蔭で、こんな事を考えるきっかけをもらいました。 そんな一日に感謝します。