今でも 僕の携帯には、亡くなった兄の番号が登録されてます。
電話帳を見たときに、いつもあ行の上位に兄貴と登録してあるので電話帳開くと毎回必ずその漢字を目にします。
繋がらないのも、誰かがもうその番号を使っているのもわかってます。 いつまでも変わらないものが、気持ちだったり、その番号や漢字をみて思うその時代の想い出だから。
今でも番号もそう、最後に一緒に行った免許証の更新。 兄の免許証を今も財布に僕の免許証と重ねて入れています。
変わらない気持ちと、変えたくない気持ちと変わってほしくない願いと続いて欲しい願いと続けていく気持ちが、いつまでも変わらない自分を創っていくものだと思うから。
何かを貫くという僕の中のルーツは兄の死がとても大きいです。兄を亡くしてから関わったたくさんの人が兄に対して色んな行動をしてくれました。影響もたくさん与えたと思います。
それを垣間見て自分も考えさせられたり、変わるきっかけ、深く考えて深みのある行動に繋がるように、って思いました。
バスケがいつまでも変わらずに好きなのは貫くというより、 僕の元々の懲り性という性格なだけだから。
兄がそこにどう関係したかは? 彼は、一番の熱狂的なファンでした。 バスケではなく、僕がバスケをしているのを好きだったのかもしれない。
根拠もなしにいつでも褒めてくれた。 それがくすぐったいくらいでしたが、いつしか一番のモチベーションになっていたのかもしれない。
今でも かけられないけど、心が折れそうな時には兄が出てくれるかも?って思うくらいかけたくなる時がある。 バスケに限らず。
兄は優しいからいつでも助けてくれて支えてくれた。
でもそれは現実に生きていた時だから目に見えた形で甘えれたから。
今も見てくれている。それは感じます。
だからこそ 甘えではなく、心配ないよ。 って見せ続けたい。
これは兄が亡くなってからの自分が貫きたいこと。
毎年この日はたくさんの想いが浮かぶ。
今あなたが生きていたらどんなことを話すんだろう?
