たとえ、どんな事が起きようとも、それは 何かのせいではなく・・・・・・
ずっと積み重ねて来た つけ だったり、 報い、 だったり 来るべきタイミングでの必然なような気がします。
それを転機と見るか、不幸と見るか? で 一つの別れ道ですね。
人が誰かに対して怒るのもそう。 それはその人が急に怒るわけもなく、それも言わなければいけないタイミングと見てその人が ある人に対して怒る。 怒らないで言えればなおベタ~ ですけど、言われて むっと してそれを聞き流すか、熟考して受け入れるか? で また別れ道が。
指摘されて、自分ではなく、他の人だってしてるじゃん!!!って棚にあげるか? なぜ自分なのか?って自分の方がそれは目立ってるんです。 人が自分と同じ事をしていても、目立って 目についてしまった人の方に注意や指摘、が行くものです。
でも考えて見たら、それは不幸ではなく、それだけ人の目を惹くからこその自分を見つめなおして磨く良い転機と取らないとそこでその意味は終わります。
いつも誰かに何かをどんな内容でも良いから言ってもらえること。 内容はそれぞれたまにキツイ事もあるかもしれない。 でも受け取り方、感じ方次第ではネガティブや中傷的な事も前向きに変えれる事が出来るはず。
よく日頃の行いが悪いと悪い事が雪だるま式になって負の連鎖が って言いますね。 じゃぁ日頃の行いと雪だるま式にプラスに連鎖が始まるためには? 簡単ですよね。 一つでも多く プラスのイメージとなる行いをすればいいだけです。
簡単な事から始めて行って、慣れてくれば難しい事も挑戦できるはず。 笑う事から始めてもいいし、声のトーンを変える事でもいいし、挨拶から始めてもいいし、自分から発信、発進しないと周りは自分を変えてくれません。あくまで自分からです。
昨日ちょっとしたそんな ~のせいではない というような場面を見れたので、書いてみました。 たまには、真面目なブログでしょ?