ちょっと考えることがありまして。
難しいテーマですけれども。
ブログを始めて、もうすぐ4年になります。
…で、4年を迎えるに当たって、自分の中で何が変わったかと言うと。
「表現」に気をつけるようになりました。
基本的に誰に書いているわけでもないんですが、誰が読んでも読み取れる文章を書こうと思いながら続けています。
勘違いが起こらないように。
誤解がないように。
…でも、実際そんなことは無理なわけで。
読み手によってはどんな風にも解釈できてしまったりとかですね。
まぁ、専門的な内容(マニアックともいう)の場合もありますから、全員が分かるわけではありませんけれど。
コメントについても、できるだけ言葉を選んで。
顔を見ながら話ができないということは、この文字だけで感情の抑揚も表現しなければなりませんし。
逆に、感情の抑揚すらも読み手の解釈で決まってしまいます。
…ですから、どちらかといえば面と向かって喋るよりも気を遣って書かなければいけないものであると思っています。
批判的なことを書いていないつもりでも、読み取り方によってはそう受け取れてしまったり。
そして、受け取り方までは管理できませんから、それこそ細心の注意が必要だと思っています。
メールなどで、自分はそうでないつもりでも相手にとっては「そっけない」と受け取られてしまったり。
「怒ってるん?」ということもしばしばです。
…僕はそれほどメールが好きなわけではないので、途中でメンド臭くなるタチでして。
「お」とか「の」を打つのになぜ5回もボタンを押さなければならないのかと思うとイラッとしてしまいます。
…で、ブログ。
長いこと続けていると、その人の文章のクセとか性格などが分かるような感じになります。
…ただ、それはあくまで「分かった気になる」というだけで。
本当に記事を読んで書き手の性格が分かるかといわれれば…「NO」という答えになると思います。
(…昔、調子に乗って「何となくブログを見て性格診断できそう」とか思ったことはありましたが、失敗でした(笑))
例えば、このブログでも。
思った通りに書いてはいますが、普段の僕を知っている方から見たらどう写るか。
僕個人としては、普段の僕を知っている人がこれを読んでくれた場合と、僕と面識がない人がこれを読んだときに抱く感覚とは違うんじゃないかと思うわけです。
…何がどう違うかと言われても困りますが…。(;^ω^A
やっぱり、実際に会ってみると印象の違いは出てくると思います。
実際、一度オフ会に行ったことがありますが、普段書いている記事から印象が違う方も当然いるわけで。
かくいう僕も「もっとオッサンっぽい人かと思いました」という印象を複数人から抱かれたわけですが。(笑)
性格はおろか、文章で見た目も想像してしまうから恐ろしいですね。
普段の書き手を知っていて記事を読んだ場合と、書き手と面識なく記事を読んだ場合を比べることはできません。
…なぜなら、比べるとしたら「まったく同じ文章を読んだ場合の印象の違い」を比べなければなりませんから。
それは無理な相談です。
やっぱり「百聞は一見に如かず」というだけあって、文章だけでその人の性格は判断できない、と思うわけです。
…ただ、僕の場合はもうひとつ思うところがありまして。
仕事上も表現に気をつけて文章を作るような職種ですから、人の文章には敏感になります。
他の方のブログを読んでいて、「うまく表現されているなぁ」とか、「状況を説明するのがうまいなぁ」とか、「会話を事細かに憶えていて凄いなぁ」と思ったり。
…ですんで、速読は向いていない読み方です。
読むの遅いです。
噛み締めながら読みますので。
…何が言いたいのかといいますと。
「言葉を選んで書いていらっしゃる」ということは、記事を読めばだいたい分かります。
そして「言葉を選んでいる」ということは、「相手の気持ちになって言葉が使える人である」ということです。
あるブロガーさんで、そういう方がいらっしゃいまして。
…ってか、この記事を書くきっかけになったのは、その方の記事を読んだからなんですが。(笑)
この方の文章は、感情移入がしやすいです。
そして、文章の端々に気を遣える方でして。
すごいなぁ、と思っています。
ただ、もちろんお会いしたことはないので性格まで推し量ることはできませんが。
「言葉を受け取る相手のことを考えられる方」だというのは文章を見たらなんとなく分かります。
もちろん、それは時として自分を押し殺すことにもなってしまいますけれど。
そして、思ったことを口にできず我慢してしまうことによって、軽い「うつ」状態にまでなってしまった人も僕は知っていますけれども。
難しいんですよね。
どこまで相手のことを考えるべきか。
どこから我慢しなくて良いか。
思ったことを口に出してしまったら、その相手と縁が切れてしまうんじゃないか、とか考えたり。
またそういうことで悩みだすと、逆にその相手のアラが余計に目に付くことになってしまったり。
ひどいときにはその人の全てがアラに見えてきて、耐えられなくなってしまうことすらあるかもしれません。
…まぁこれは極端ですが、どこまで気を許せるかというのは非常にデリケートな問題だと思います。
…何の話でしたっけ。(-"-;A
要は、「ブログで性格は計れない」ですが、「『言葉に気をつけている=相手の気持ちになって考えられる人である』ということはブログだけでも伝わる」という感じですか。
眠いせいもあって支離滅裂な文章かも知れませんが、読み流していただければと。
ちょっとつらつらと語りたいモードだったからと言うことで、ご容赦ください。