受け身の遊び。 | 気ままに生活。

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すっかりほったらかしてしまいましたが、ぼちぼちアップしたいと思います。
よろしくお願いします。


まめ子もそろそろ動くようになってきて、とりあえず手当たり次第のモノを舐めまくっている今日この頃。
パートナーさんと「遊び」について話をしました。





今の子供はどういう「遊び」をしているんだろうかという話。





僕が子供のときは「裏が白いチラシ」というのがあって、今のように両面プリントの広告がそれほどありませんでして。
それを母親にとっておいてもらって、落書きなんかをしたりですね。

あと、カラーのチラシだとツルツルで、鉛筆で絵を描くのには適していないとか。
一色刷りの黄色いやつとか、そんな感じの広告に落書きしまくっていましたね。



あとは、余った広告で折り紙をしてみたり。
割り箸で輪ゴム鉄砲を作ったり。

輪ゴム鉄砲はかなりマイブームでした。

いかに遠くに飛ぶように割り箸を組み立てるか、とか。
輪ゴムのストックを引っ掛ける部分を作ったり、とか。
連発ができるように工夫して作ったり、とか。



他には、これもやっぱり広告の裏を使って双六を作ったり。
紙相撲やら、ゴミ袋で凧やら…。
凧はちっとも飛びませんでしたけど。(-"-;A





ちなみにパートナーさんはマンションの廊下でおままごとをしていたそうです。
何故に廊下でおままごと…。(;^ω^A

魚や野菜なんかはやっぱり広告の裏に描いて、それを使っていたそうです。
すごいな広告の裏。(笑)





…で、今の子供はこんな事してるんやろうか、と思います。

「持ってなかったら、作ったらええねん」
という発想が果たしてあるんでしょうか。

「だって持ってないもん」で終わってしまったりはしないでしょうか。



昔と違い、今は何でも機械があります。
ゲーム機からほんの小さなおもちゃまで、ほとんどが何らかの機械であるといっても過言ではありません。

機械だとすると、それは全て与えられたもの――つまり、受け身の遊びだと思うわけです。
もちろんそれも悪くはないと思いますが、またこうちょっと違った遊びはやっているのかと。



迷路とか自分で作ってるんかな、とか。
サイコロを使うゲームも自作したりするのかな、とか。





かくいう僕もファミコン世代ですので、もちろんゲームはしました。
キン消しでも遊びました。
ビックリマンも集めました。
でも、それと同じくらい…というかむしろそれよりもたくさん外でも遊びました。

今は外で遊ばせることすら危険だという悲しい時代ですが、まめ子にはできるだけそういう遊びもやってもらいたいな、と思います。

創造力というんですか。
与えられたおもちゃだけではなく、遊びをクリエイトできるような。
そういう子供時代を過ごしてもらいたいな、と漠然と思ってます。