せっかく4月1日なので、エイプリルフール的なことを書こうと思ったんですが。
行く末が心配になったのでマジメに書きます(汗)
まずは。こちら↓の記事をご覧ください。
小学英語必修、親の7割賛成 ベネッセのアンケート調査(共同通信)
文部科学省が検討を進めている小学校での英語必修化について、保護者の4人に3人が賛成、90%以上が「英語への抵抗感をなくす」よう望んでいることが、ベネッセ教育研究開発センター(東京)のアンケートで分かった。小学校英語の必修化は35%が「賛成」、41%が「どちらかと言えば賛成」。望ましい開始学年は1年生48%、3年生14%だった。
英語の必修化ねぇ…。
かなり使い古されている感想だと思いますが。
「それよりも先にやらなアカンことがあるんちゃうんか」という話です。
母国語であるはずの日本語もろくに使えないような中高生が増えている事実もある中で、英語を習わせてどうすんねん、という。
もしかしたら英語を習わせることで文法知識が身に付き、それが結果的に日本語をテキトーに使っている方々の感性を是正する結果に繋がるかも知れませんが。
…たぶんそんなことはないですね(汗)
まずそれ以前にモラルを身につけようよ、という。
…特に保護者が。
電車の中で、子連れの母親らしき方が2人で喋っていまして。
子供同士は車両の中で走り回っているわけです。
何で注意しないんでしょうね。
悪いと思っていないのかどうなのか。
保護者の常識がないと、子供が常識的になるはずがありません。
「反面教師」とかうまくいくはずがないですから。
人間、「ルールを守る」方がエネルギーを使うと思うんですよ。
守らない方がおそらくラクですし。
ですから、常識ある保護者に対して常識のない子供が育つことはあると思いますが、常識のない保護者を見て常識ある子供が育つことなどありえないというのが僕の意見です。
川に例えるとわかりやすいかもしれません。
「ルールを守る」というのは、川で言うと上流みたいなもんです。
「ルールを守らない」というのは、逆に下流みたいなもんです。
上流に行くにはエネルギーがいるわけです。
逆に下流にはラクに行くことができます。
保護者が上流にいるのに子供が下流に流されていくことはあると思いますが、
保護者が下流にいるのに子供が上流に泳いでいくかといいますと、なかなかそうは行かないと思うわけです。
保護者は常に上流にいて、子供が下流に流されていくのをしっかり止めなければならないというふうに僕は思います。
…で、教師の立場はというと。
子供を上流に導くわけではなく、上流へ行くための泳ぎ方を教える立場でもないと思います。
実際に上流へ行くのは子供自身ですし、泳ぎ方を教えるのは保護者の役目です。
では、教師は一体何を教える立場かというと。
僕は川の仕組みを教える立場だと思っています。
「上流には○○があって、下流には●●があります」という。
学問は川の泳ぎ方ではなく、仕組みに対する知識を身につけることだと。
もちろん、泳ぎ方を教えるに越したことはありませんけれど。
根本的に立場が異なると思うんですよ。
保護者が何を望んでいるのかはさておきまして。
だから「三位一体」と言われるんだと思います。
全てを教えるには学校だけでは時間が足りないですから。
そのためには教師は上流にいなければならないですが、同時に下流の世界も知っておく必要があると思います。
そのへんに関しては教師の方々に頑張っていただくとして…。
…ですが、残念ながら下流をさまよっている教師の方々が存在することも事実だと思います。。
他に考えなければならないことは多いと思いますね。
…英語関係なくなりましたね(爆)