以前、ドラえもんについて書き込んだとき、「面白そうなのでタイムパラドックスの話を考えてみます」というようなことを書きました。
…ですので、ちょっと長くなるかもしれませんが、つらつらと書いてみたいと思います。
※ワタシが理系なので、おそらく理系っぽい文章になってしまいそうですが、お許しください…。
タイムトラベルものの映画や本などは多数あります。
映画で代表的なものは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」ですね。
漫画では「ドラえもん」、あと「ドラゴンボール」にもそういうシリーズがありました。
他にも挙げるといくつかありますが、あまり知らない上にマニアックな作品になってしまうのでこれくらいで…。
…そして、そういうシリーズでタイムトラベルを行う場合、ほぼ例外なくタイムパラドックスが起こる訳ですが(ぶっちゃけ、パラドックスが起こらないと作品にタイムトラベルの要素を持ってくる意味がないですから…)、大きく2つの考え方があります。
過去を変えた場合に
・未来も変わってしまう
・未来は変わらない
というものです。
…で、最もしっくりくる(とワタシが思う)のは、どちらでもありません。
変わる未来と変わらない未来が存在する、というパターンです。
有名な考え方に「親殺しのパラドックス」というのがあります。
例えば、ノビタ(仮名)さんが過去に行き、ノビタ(仮名)さんを作る前に父であるノビスケ(仮名)さんを殺してしまった場合を考えます。
(ノビタさん、ノビスケさんについては某漫画のキャラクターとは異なります)
前者の考え方(未来が変わる)であれば、この時点でノビタ(仮名)さんは生まれないということになりますので、ノビスケ(仮名)さんが死んでしまった時点でノビタ(仮名)さんはふっと消えてしまうことになります。
…すると、どうなるでしょうか。
過去に行くはずだったノビタ(仮名)さんが最初から存在しないということになってしまいますので、結果的にノビスケ(仮名)さんは殺されないということになります。
ノビスケ(仮名)さんが殺されないということになってしまうと、ノビタ(仮名)さんは生まれてくるということになります。
このノビタ(仮名)さんが成長し、ノビスケ(仮名)さんを殺しに過去に行くと…。
結果的にどうなるのかよく解りませんが、この親子は存在するんだかしないんだかわからん不安定な状態になることがわかります。
いわゆる「タマゴが先か、ニワトリが先か」という状態です(←違う)。
で、それに対するワタシの意見は…。
今まで他では見たことがない、ちょっとした独自の考え方です。
…ただ、見たことがないだけで既に誰かが考えついている理屈かもしれませんが…。
長くなりそうなので、この後別の書き込みでつらつらと書きたいと思います。
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