facebookのお友達の尋ね人です。
昭和24年から昭和29年までの間に、
長崎県佐世保の海軍基地に駐留していたJAMES ROBERT MORGAN さんの息子さんが、もうひとりの彼の息子さんであるご兄弟(日本人とアメリカ人とのハーフの方の模様です)を探されています。長崎に知人のいらっしゃる方は、聞いてくださると助かります。

間違って翻訳しているといけないので、原文を下記に記載します。

Can you help my friend find his brother? Is there a group in Japan that does this for 1/2 American Children? His American Father left a son behind between the years of 1949-1954 when his father was stationed in Japan at Sasebo Naval Base. If you know of someone I would be very grateful for any information. Name of father JAMES ROBERT MORGAN Thank you. Sincerely.
すっかりご無沙汰です。

FUKUSHIMAレポートの一節を紹介します。

2011年3月12日土曜日の事だった。
 中略
この日の夜、2号機と3号機に海水が注入されていたら、この2つの原子炉がアンコントローラブルになることはなかっただろう。
 中略
なぜ、「海水注入」は遅れてしまったのか。
 中略
それは、これまでマスメディアが報道してきたどの主張とも似ていない。
それを一言でいえば、「遅れたのではなく、遅らせた」ということだ。
東電が12日「制御可能」な時点での2号機と3号機への「海水注入」を
意図的に拒んだのである。
 中略
実は菅直人総理大臣は12日に早期の「海水注入」を求めていた。
しかし、その場にいた東電の代表者はそれを拒む。
もちろん、頭から拒絶するほど傲慢ではなかった。
それらしい技術説明を交え、早期に踏み切る妥当性をやんわりと否定してみせたのだ。
 中略
法律によれば、菅には、それ以上の現場への介入が許されていなかった。

なんと衝撃的な書き出しだろうか。
除染しきれない街を除染という名目とともに、十分補償せず、
住民の被爆は継続している。

ZDFでは”人権蹂躙”と報道されている。