八正道の7番目は、「正念〔ショウネン〕」(サンマー・サティ)です。
「正しい気づき」という意味になります。
正しい気づきを実践していく道、それが正念です。
この「気づき」(サティ)は、仏道修行において、非常に重要な心の働きです。
この「気づき」(サティ)(以下、パーリ語の「サティ」と表記)を続けていくことは、仏教の目的である、悟り・涅槃・解脱へ至るための、唯一の方法だと説かれています。
ですので、このサティについての説明は重要で、詳細になされなければなりませんが、このブログは、”コンパクトに”、”簡単に”書き、とっつきやすくすることを目的にしているので、大体のところを簡単に説明したいと思います。
サティとは、現在の自分の心身の状態について、気づいていることです。その気づいているという心の働きをサティといいます。
例えば、右腕を上げているならば、その感覚をしっかり確認して気づいていること、それは、サティです。
呼吸をした時に、お腹が膨らむのを感じて気づいている、それもサティです。
イライラしているときに、その怒りの気持ちをしっかり感じて確認して、客観的に「怒りだ」と気づいていること、それもサティです。
ですので、サティの実践は、そんなに難しいものではなく、やろうと思えば、一応、簡単にできることだともいえます。
すべての現象は刻々と変わり続けています。身体の感覚も、心の中の思考や思いも、刻々と変化しています。そのように森羅万象〔シンラバンショウ〕が止まらず変化し続けることを、「無常〔ムジョウ〕」(アニッチャ)といいます。すべてが無常ですので、サティの実践をする場合は、刻々と変化する感覚に合わせて、気づきも新たに、刻々と確認する、つまり、刻々とサティをするということになります。
このような実践方法のことを、仏教では「ヴィパッサナー」(パーリ語で、”明確に観る”という意味)と呼んでいます。
そのような実践を通して、心という現象、肉体とは何か、生きているということは何かを、しっかり知ること、それが悟りです。
そのようなサティの実践をしていく道が、八正道の正念(サンマー・サティ)ということになります。
サティの具体的な実践方法については、”ヴィパッサナー瞑想法”として後々ご紹介できればと思っています。
ありがとうございました。