今回は、「回向」〔エコウ〕(アヌモーダナ)についてご紹介致します。
回向とは、自分の持っている功徳〔クドク〕を、他の生命に向けて与えてあげることをいいます。
功徳とは、体・言葉・心の行いで善いことを行った時に蓄えられる、貯金のようなものと考えてください。前項でご紹介した慈悲の瞑想なども、非常に功徳の高い行いとされています。慈悲の瞑想などの後に、この回向を行うのが習慣です。
慈悲の瞑想は、自らの慈悲喜捨の心を育てる”修行”であり、自分のための行いです。しかし、回向は、他者のために行う”供養”〔クヨウ〕なのです。
慈悲の瞑想は、死者にはしないようにということでしたが、回向は、生きてる生命でも、亡くなった人にでも、誰にでも無限に行います。神々にも回向します。
仏教では、すべての生命は平等だと説いていて、回向の対象も、「すべての生命」です。動物も、魚も、鳥も、虫も、微生物も、幽霊も、悪霊も、神々も、善人も悪人も、嫌いな人でも、すべての生命に回向を行います。
やり方は、簡単です。セリフを決めておくとやりやすいですが、要領は、「私の持っている功徳を○○さんに回向します。差し向けます。」という気持ちになることです。個人に行ってもいいし、「すべての生命に」と行ってもいいですし、善いことを行ったら、その度に回向をして他者にも幸せになってもらおう、というのが仏教の考え方です。善行為の結果も、独り占めせず、他と分かち合うのです。
ですので、慈悲の瞑想を行った後、「この慈悲の瞑想によって得られた功徳を、○○さんに回向します。」などと念じます。
それにより、「私は善行為を行ったんだ。偉いことをした」というエゴも消えるということです。
回向の言葉として念じる一例を以下にご紹介します。
「無限の過去から、体と言葉と心の行いによって得ることができました善なる功徳を、神々・先祖・祖父母・両親・親族・恩師・恩人・友人・知人をはじめとして、すべての生きとし生けるものに、回向いたします。この功徳によって、すべての生命が平安で安楽に幸福に暮らせますように。そして、解脱〔ゲダツ〕が得られますように。」
上記は一例です。ご自分の好きなように、気持ちが込められやすいように変えて行っても大丈夫です。
今回は、「回向」〔エコウ〕についてご紹介しました。
ありがとうございます。
追伸:余談ですが、先日、ネット上で知り合った方(以下Mさん)が、霊感が鋭いということで、急に霊の影響で具合が悪くなったと言いました。そこで、私は、Mさんに言わずに、心のなかで、Mさんと、Mさんに作用をしている霊に回向を行いました。するとMさんは、「急に楽になった」と言いました。
仏教では、幽霊などの存在を「餓鬼」〔ガキ〕と呼びます。不安定な生まれなので、回向などで功徳を得ると、すぐに他の生命に生まれ変わると、以前に聞いていました。
本当に回向の作用で霊が成仏したのかはわかりませんが、このようなことがありました。