019 「無我」について まとめ 1 | じゅんの仏教ブログ

じゅんの仏教ブログ

仏教(上座部仏教・初期仏教)についての書き込みをするブログです

 前回まで、無我・無常について考えてきました。今日は、総括したいと思います。

 無我〔ムガ〕:すべての現象には実体がないこと。

 無常〔ムジョウ〕:すべての現象は、一時も止まらず、変化し続けていること。

 〔クウ〕:すべての現象は、実体はないが、完全な無でもないということ。

 簡単にいうと、こういうことになります。

 そして、以前に出てきた用語で、苦〔ク〕(ドゥッカ)というものがありました。

 〔ク〕:すべての現象は、不安定で不完全で苦しみであるということ。


 これらは、実は、この世界、すべての現象の有り様を説明した言葉であり、同じことを表しています。


 一つの例をだします。についてです。

 音は、空気の振動を鼓膜〔コマク〕が感知して、それを「音」として認識していますね。

 では、音に実体があるかどうかと問うとしたら、もちろんありません。無常であるから時間の経過を伴って、空気の振動が成り立っています。音は無常だからこそあるのです。

 そして無常ということは、そこに実体は存在できないのです。つまり無我ということになります。
 時間の経過を伴っても変化しないものでなければ実体ではありません。なぜならば、時間が経ったら変わってしまうものならば、そのもの自体が変化してしまうことになります。
 つまり、音に実体があったとすると、その実体は変化しないはずなので、時間の経過に伴って起こる空気の振動という現象が成り立ち得なくなります。そうすると、音ではなくなってしまう、音という現象は成り立ち得ないということになります。


 つまり、無常であるから、すべてが変化していて、実体は成り立ち得ないから、無我であり、無我であるから、すべては不安定であり、かつ、無常で変化し続けているから不完全で、すなわち、である、ということになります。


 難しくなってきています。
 続けて次回にもう少し説明を加えたいと思います。

 ありがとうございました。