004 四諦(2) 集諦 | じゅんの仏教ブログ

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 前回は、四諦の1番目、苦諦について書きました。
 
 今回は、2番目、「集諦〔じったい〕」です。


「集諦」〔じったい・じゅうたい〕(ドゥッカ・サッチャ)

 前回、この世は苦しいと書きました。では、その苦しみ、つまり人間のすべての苦しみはどこからくるのかというのが、この集諦という真理です。

 苦しみは、「渇愛〔カツアイ〕(タンハー)が原因であると、お釈迦様は発見しました。

 渇愛とは、かわいた状態、うえた状態、「もっと欲しい、もっと欲しい」「足りない、足りない」という、狙った対象に対して、「もっともっと」と欲しがる気持ちです。つまり、満足できないわけです。
 満足できず、次を求めてしまう。でも、ドゥッカで不完全だから、完全な充足なんて有り得ない。

 人間(又は生命)は、飢〔う〕えて、求めて、不満で、いつも何かを求めている。だから、死んでも、その「欲しい!!もっと!」という死ぬ直前の心のパワーを原因として、何者かに生まれ変わってしまう、つまり、輪廻転生〔リンネテンショウ・リンネテンセイ〕してしまう、と説かれています。
 つまり、渇愛(タンハー)とは、輪廻転生の原因でもあり、人間や生命の苦しみの原因でもあるというわけです。


 集諦〔じったい〕:ドゥッカ【苦】の原因は、渇愛(タンハー)である、という真理。

 今回もありがとうございました。