三井記念美術館で開催中の
「日本美術にみる「橋」ものがたり」展に行って来ました。

現在の日本橋が明治44年に架けられてから今年で100年。
そこで橋を取り上げ、橋がもつ文化的な意味について考える展覧会です。
神仏の橋、境界の橋、文学の橋、諸国の橋、京の橋、そして江戸の橋。
日本の橋のものがたりの展覧会です。

北斎、広重、そして国宝の雪舟『天橋立図』が見られます。

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葛飾 北斎 「飛越の堺つりはし」 (諸国名橋奇覧)

こんな吊り橋は本当にはありません。よね。
空を飛ぶ雁や崖の上に見える二匹の鹿が、のどか。
北斎の描く橋の構図の大胆さと穏やかな風景の対比を楽しむ作品です。


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安藤広重『東海道五十三次之内吉田 豊川橋之図』〈保永堂版〉広重美術館蔵

江戸時代には幕府の政策で街道の大きな川には橋が架けられませんでした。
東海道沿線の大きな川に架かる橋は、
六郷橋、矢作橋、唐橋、そしてこの吉田大橋しかありませんでした。
広重のこの豊川橋之図では、右手が吉田城。
城は修理中らしく屋根職人や白壁を塗る左官職人の姿が見えます。

北斎と広重。
北斎は広重より37歳年上。
ゴッホ、ゴーギャンを圧倒しました。
世界で一番有名な日本人とも言われています。

北斎は同じモチーフを大胆に視点を変えて描き
広重は違う場所を同じ視点で描きます。





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雪舟 『天橋立図』 国宝


『天橋立図』は天橋立を中心に、府中という守護所のある町並みをも含めて
一種の俯瞰図として表しました。
構図が今日の観光案内図のようにとても親しみやすい作品です。
それを水墨画で描くことによって、水墨画特有の「非現実化」という世界に引き上げられています。
九州の大分市美術館の「テオ・ヤンセン展」に行ってきました。

作者はオランダ出身のアーティスト テオ・ヤンセン氏。
「ビーチアニマル」は大きいものでは体長12メートルにもおよぶ、
プラスチックチューブやペットボトル、木材などで構成され、
風をエネルギーとして取り込み自分で歩行する機構です。

世界初公開となる「シアメシス」(体長9m)や、
巨大作品2体と小型作品(体長4メートル)2体が、会場内で巧妙な動きを披露します。
子ども達は触れることも出来ます。

触覚もあり、水や突起物にあたると方向を自分で変える事も出来ます。
宮崎作品にも少し通じる、静かなやさしい生き物に見えました。
砂浜で見て見たいと思いました。


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アニマリス・シアメシス

国立新美術館『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』に行って来ました。
今企画展2度目です。

暖かい光の降り注ぐ庭で、ゆったりとくつろぐモネ一家。
木の根元に座ってポーズをとるのは妻のカミーユ、彼女に寄りかかって寝そべるのは長男のジャン。
幸せな一家の情景がスナップ写真のような絵です。
ルノワールがマネと一緒にモネの家、アルジャントゥイユに訪ねて行った時の作品です。

親子の様子を見たマネが描きたくなって、モデルをモネに依頼して描き始めました。
そこへこの作品を制作したとき、まだ無名の画家だったルノアールも横で描き始めます。
ルノワールはモネと同い年。
生涯を通じた親友で、しばしばモネの自宅へ招かれていました。

カミーユのポーズもジャンの姿勢も、おかしいくらいに同じです。
ルノワールの作品だけですが今回見る事が出来ます。


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ルノアール作 モネ夫人とその息子



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マネ作 庭のモネ一家
左は庭仕事をするモネ




そしてモネ自身も自宅の庭で妻と子どもを描いています。

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アルジャントゥイの自宅の庭のカミ—ユ・モネと子ども
この作品が描かれた数年後に32歳の若さで亡くなった妻カミーユ。
モネ30代の代表作です。
山種美術館「日本画どうぶつえん」に行ってきました。

ネコやイヌをはじめ鳥、昆虫など動物を描いた日本画ばかりを集めた
少しめずらしい展覧会です。

重要文化財の竹内栖鳳が描いた猫の絵「斑猫(はんびょう)」と
速水御舟の「炎舞」も特別公開されます(後半)。

竹内栖鳳は昭和時代前期の日本画家。
京都出身。
円山四条派の手法を基に西洋画法をとりいれて独自の画風を確立します。

竹内栖鳳が旅先の沼津の八百屋の大八車の上にいたこの猫を観て
「徽宗皇帝の猫がいる」と思わずつぶやいたそうです。
徽宗皇帝とは支那宋代の花鳥画最高の絵師。
絵心がかき立てられたため、交渉して譲り受けて京都に連れ帰り、
日夜、画室に自由に遊ばせながら丹念に観察して仕上げた作品。

細かい筆遣いで柔らかい毛並みの柔らかさまで表現され、
瞳孔の細くなった緑色の目が美しく印象的で
多くの人が立ち止まりしばらく見続けていました。

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竹内栖鳳 「班猫」 1924年 重要文化財


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西山翠嶂「狗子」


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奥村土牛「兎」

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速水御舟『昆虫二題』



美術館内で販売しているグッズもおすすめ。
かわいかったです。

会期は9月11日まで。
「パウル・クレー展-おわらないアトリエ」に行ってきました。
約170点のクレー作品から構成される展覧会。うち90点以上が日本初公開作品です。
意外なことに国立系の美術館でのクレー展は初めてとなります。

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パウル・クレーのアトリエ、ミュンヘン


今回はクレーが試みてきた代表的な4つの技法を紹介。
「油彩転写」「切断・再構成」「切断・分離」「表裏の利用」の技法を用いた作品群が、
4つの「島」に振り分けられています。

クレーはたびたび、仕上げた作品を2つないしそれ以上の部分に切断し、
そこから新たな作品を生み出しました。
切った断片の上下を入れ替えたり、左右を入れかえたり、新たに組み合わせて再構成し、
台紙に貼ってひとつの作品とした事例も紹介されています。

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E 附近の風景

クレーは生涯に、5つの街にアトリエを構えます
ここでは彼の最後のアトリエとなったベルンのアトリエのイメージを再現されています。
アトリエの写真の多くは画家自身の手によって記録されています。
ルーベンスは16世紀のフランドル、バロックの画家。
国境を越えて宮廷画家・外交官として活躍し
『王たちの画家にして画家たちの王』と後世に語り継がれます。

ルーベンスと言えば、フランダースの犬を思い浮かべます。
これが、アントワープ大聖堂の「キリスト昇架」1610-1611年)と
「キリスト降架」(1611-1614年)の2枚の絵です。

100年前までは幕が掛けられていて見るためには料金を支払わねばならなかったそうです。
物語の貧しかったネロ少年は死の直前にこのルーベンスの絵を
稲妻の光の中でやっと見ることができるのです。

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キリスト降架
十字架にかけられ息絶えたキリストを、今まさに地上に降ろそうとしているところです。

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キリスト昇架


ティツィアーノ
『ウルビーノのヴィーナス』1538年頃

ティツィアーノはイタリアルネッサンス期の画家
ダビンチ、ラファエロ亡き後イタリア1の画家になりました。

ヴィーナスを描いた数限りない西洋絵画の中でも、最も麗しい作品の1つ。
フィレンツェのウフィツィ美術館で見られます。

若きウルビーノ公グイドバルド・デッラ・ローヴェレのために描かれました。
「横たわるヴィーナス」と呼ばれる類型的なポーズでその後の画家に影響を与えます。
ゴヤの「裸のマハ」、マネの「オランピア」に裸婦のポーズや官能性は引き継がれ、
西洋美術史の女性ヌードの金字塔的な作品とされています。
モデルが誰かは謎のまま。

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『ウルビーノのヴィーナス』1538年頃
右手に薔薇の花(愛の象徴)を持ち、足元には小犬(忠節の象徴)、
窓辺にはミルテ(結婚の象徴)の鉢植が置かれ、二人の侍女が世俗性を高めています。



ゴヤ『裸のマハ』1797~1800 スペインロココ時代の画家

ゴヤが唯一残した裸婦像です。
当時はカトリックの力が強かったスペインでは異端審問所に召還されました。
『マハ』とは女性の名前ではなく、『小粋な女』という意味。

モデルに関してはさまざまな説があります。
ゴヤが個人的に関係のあった伯爵夫人
絵の依頼主でもあった、宰相ゴドイの愛人
ゴヤの親しかった聖職者が親しくしていた女性
どれも定かではないそうです。

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マネ『オランピア』1863年 フランス写実主義の画家

『オランピア』は『草上の昼食』とともに
いずれも激しいスキャンダルを巻き起こした作品でした。
これもティツィアーノが描いた『ウルビーノのヴィーナス』を下敷きにしています。
ただ『オランピア』に描かれた裸体の女性は、部屋の雰囲気や道具立てなどから
明かに当時のフランスの娼婦であることがわかり、それが当時の人々の反感を買いました。
サロンに入賞したものの激しいバッシングを浴びた作品でしたが
マネはルノアールやモネ達若い画家達に崇拝され尊敬されていました。

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一枚の絵が後世の画家に影響し、受け継がれ絵画の歴史はつくられていきます。
ダビンチ幻の絵「サルバトール・ムンディ(救世主)」NYで発見。
7月11日のニュースで報道されていました。

イタリア・ルネサンス期の巨匠レオナルド・ダビンチが1500年ごろ制作。
一時期英国王チャールズ1世のコレクションだったのが
その後行方不明になったとされていました。
そして、2年前。美術のディーラーの会社がダビンチのものと疑わしき絵を
メトロポリタン美術館に持ち込んだそうです。
そして今回鑑定の結果、ダヴィンチのモノだと確定したそうです。

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Salvator Mundi (世の救い主)

これは、キリストが世界を祝福している絵です。
英ロンドンのナショナルギャラリーで11月からの展示が決まりました。
米芸術誌アートニュース(電子版)によると、
2億ドル(約160億円)の売買価格も一時取り沙汰されました。
親族は58年に45ポンド(現在のレートで約6千円)で売却しました。


「美しき日本の原風景—川合玉堂・奥田元宋・東山魁夷—」展 - 山種美術館

開催中の展覧会に行ってきました。

実は、、明治、昭和の日本画は全く興味がありませんでした。
東山魁夷の『年暮る』を何かの雑誌で見るまでは。

東山 魁夷は、画家、著述家。
昭和を代表する日本画家の一人で文化勲章受章者。

今回の展覧会では約20年かけて順に完成した魁夷の描く京の四季が4点揃って拝見出来ます。
『年暮る』。雪の夜の京都のひんやりとして薄暗い静寂が伝わってきます。

会期:2011年6月11日(土)~7月24日(日) 

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『年暮る』
ポスターのデザインに引かれ前売り券を買い
根津美術館の『伊万里・柿右衛門・鍋島』を見てきました。
伊万里、柿右衛門、鍋島、その全てが見れるのは珍しい事と
約140点という、一度に鑑賞するのにはかなりの量で見応えがあります。

現在の佐賀県にあたる肥前地方で作られた陶磁器には
唐津、古武雄と呼ばれる日本古来の技術で作られた陶器と
朝鮮半島から伝えられた新しい技術で作られた磁器があります。
中国を手本にした染付磁器にから
鮮やかな色彩で模様を描く色絵磁器へ展開していった肥前磁器の歴史を
工夫された並べ方で紹介しています。

肥前磁器の楽しさは、初期伊万里染付から、
やがて赤、緑、黄、紫などの色彩で文様を描く和様の色絵磁器へと展開するところにあります。
そして柿右衛門や古伊万里として知られる華やかな色絵磁器となりました。
17世紀中頃になると、アジア諸国から中近東、そしてヨーロッパ諸国へと輸出され、
海外市場からの注文に応じた器形や意匠の磁器が大量に作られました。
一方では、鍋島は、藩窯として活動し、献上品を中心に優雅な色絵や染付、青磁を焼きました。

根津美術館で2011年5月28日(土)から7月3日(日)まで開催しています。

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色絵三果文稜花皿 柿右衛門

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