国立西洋美術館に行ってきました。

久しぶりの美術館です。
この頃は、鎌倉、京都に出向き仏像と屏風絵を見ることが多くなりました。
京都では東寺、西本願寺、二条城等。
鎌倉では長谷寺。
そのせいで美術館に足が遠のいてしまったのかも知れません。
それも追々アップさせていただきます。

でも、今回は『ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術の400年』
日本初、フェルメールの「真珠の首飾りの少女」が注目ですね。

『真珠の耳飾りの少女』ではなく『真珠の首飾りの少女』
部屋の中にひとりの少女が立っています。
左側の壁にかかっている鏡に、真珠のネックレスのリボンを持ち眺めています。
鏡は現実を写し、絵画は現実の光を映すという点こそがこの作品の魅力。
そしてこの画面の真ん中の部分には窓からさす光以外何も描かれていません。
フェルメールのこの構図などに見られる魅了はこちら側が
そっとのぞき見しているような感覚を覚えること。
厳粛で静かな緊張に包まれる空間を感じられます。
驚くほど近くで見られます。

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『真珠の首飾りの少女』


実は私の今回のお目当ては素描画。
それもミケランジェロの素描。
左上の男性はミケランジェロの自画像だそうです。
素描の楽しみは、画家の筆致を身近に見てその思考を辿る事です。


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国立西洋美術館(東京・上野公園)
2012年6月13日(水)~9月17日(月・祝)まで
国立新美術館で
「セザンヌ―パリとプロヴァンス」展を観ました。

セザンヌ作品の前に立つととても安心するのです、、。
という人はとても多い。

油彩、水彩、デッザン等合わせて約90点。
その全部がセザンヌの作品。
「近代絵画の父」セザンヌのたどってきた道のりをじっくりと味わえます。
今回の見所はフランスのパリとプロヴァンス
2つの場所で創った作品を対比させながらの構成。

パリのサロンを目指すセザンヌはその過激な表現のため落選が続きますが
「私は1つのりんごでパリを驚かせたい」と頑固に独自の造形理論を貫きます。

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砂糖壺、洋なし、青いカップ
筆のタッチが激しいです

セザンヌにとって静物画は
自由に何度も配列できる、造形的な実験に適したものでした。
そして「自然を円筒、球、円錐に見立てる」抽象化への実験を繰り返します。

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りんごとオレンジ
幾何学模様の絨毯の模様や果物によって、複雑な画面構成が実現しています。
この作品はセザンヌの静物画の頂点を成しました。

セザンヌが幼い頃、いじめられっこのゾラを助けお礼にたくさんのリンゴをもらいます。
しかし立場は逆転しその後売れない絵描きの頃のセザンヌをゾラが資金面で支えます。
その後ゾラとも喧嘩をしてしまいますが
りんごに縁があるセザンヌ。

戸外制作中にひどい雨に打たれパリの妻子の到着を待たず
67歳で亡くなります。
その後セザンヌに影響を受けたピカソ、ブラックがキュビズム絵画を創始します。

6月11日まで
東京国立近代美術館で開催中の
「 ジャクソン・ポロック展」に行って来ました。

ジャクソン・ポロックは1912年アメリカの西部ワイオミング州産まれ。
生誕100年を記念しての展覧会です。


ポロックは第二次世界大戦後に「抽象表現主義」と呼ばれる絵画運動を
アメリカを中心に起こします。
そしてこの運動はアートの中心地をヨーロッパのパリから
アメリカのニューヨークに移す大きなきっかけになりました。



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『インディアンレッドの地の壁画』
評価額200億円 ピカソ以上の最高傑作とされています 
イラン革命によってこれまで門外不出でしたが今回はじめて来日。

床に置いた大きなキャンパスに絵の具をふり注ぐアクションペインティング。
ポロックはこう説明します。
「このやり方だと、絵のまわりを歩き、四方から制作し
文字通り絵のなかにいることができるのだから
わたしは絵をより身近に絵の一部のように感じられる。
これは西部のインディアンの砂絵師たちの方法に近い。・・・」


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その時代の画家は次の世代にいろいろな影響を与えていきます。
20世紀の初めに写真が全てを本物そっくりに写しとっていった時
画家達の模索が始まります。

ピカソがキュビズムで立体を、マティスが色彩の自立性
シュルレアリスト達が無意識を、その後カンディンスキーが登場。
そしてポロックが登場。
絵画に偶然性を与えます。


彼の人生は『ポロック 2人だけのアトリエ』(2000年)で映画化になりました。
一度辞めたお酒をこの映画を撮り終えた直後また手を出してしまいます。
うつ病とアルコール依存症で苦しみ続けたポロックは44歳の若さで逝ってしまいます。

5月6日(日)まで
東京国立近代美術館で





東京国立博物館で開催中の
日中国交正常化40周年 東京国立博物館140周年 「北京故宮博物院200選」に行って来ました。

まず北京故宮博物院とは、、
北京市の中心部にある故宮博物院は、明朝の3代目皇帝永楽帝から
清朝のラストエンペラー宣統帝溥儀まで、500年余の間に24人の皇帝が暮らした
壮大な宮殿「紫禁城」に由来します。
今回の展覧会は(たとえ中国美術に詳しくなくても)
2012年年間ベスト10入り間違いないだろうと言われている展覧会です。

台湾の北京故宮博物院には7年前に行きました。
中国の『歴史』と『絵画と書』のもつ力に圧倒的されたのを思い出します。
今回もそうですが、それよりも中国の『絵画と書』が日本に与えた影響に改めて驚きました。

絵画は室町時代から江戸時代に活躍した日本の絵師に多大な影響を与えたものであることが解ります。
何となく雪舟、若冲等の絵を思いおこされるのです。
その時代の画家達が皆憧れ手本とした本物の中国絵画の名品が並びます。
一見地味な絵柄の見えますが実物にはものすごいオーラを感じます。


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趙孟頫筆 [一級文物]《水村図巻》(部分)元時代・大徳6年(1302)
中国人10人に聞けば10人とも知っているというお宝中のお宝

書画では、書道ファン必見の宋四大家のうち、黄庭堅[こうていけん]、蔡襄[さいじょう]、
米芾[べいふつ]の名品、器物では青銅器・玉器[ぎょっき]の傑作、汝窯[じょよう]の名品が、
漆芸では幻の巨匠である張成[ちょうせい]、楊茂[ようも]の作品が、並びます。

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草書諸上座帖巻 黄庭堅(1099)
かなり大きな作品。荒々しい草書と流暢な行書の相反する書体がコラボ。これはかっこよかったです


今回は見どころは 門外不出の宋・元時代の書画41件のうち、39件が初公開。
その出展作品の約半分が国宝というなんだか豪華すぎですね。
たまには中華もいかがですか。



Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の
「フェルメールからのラブレター展 コミュニケーション
17世紀オランダ絵画から読み解く人々のメッセージ」に行って来ました。

フェルメールはオランダバロック期の画家。

今ならメールで簡単にコミュニケーションが取れますが
その当時、多くの男達は船上や海外で働くことを余儀なくされていました。
彼らにとって、安否を伝える手段は手紙しかなかったのです。
しかし、アジアへの手紙は、商船によって多くの月日をかけて運ばれ
差出人が返事を受け取れるのは少なくとも2年先のことだったそうです。
、、、、。長い。

そして17世紀のオランダ絵画は市民の住居を飾るものでした。
家族の肖像や日常の風俗、食卓の絵など身近な主題が好まれました。
しかし単に日常の描写の様に見えてもその多くが、オランダのことわざや
格言、メッセージを含んでいます。
今回の手紙を主題とした作品もそう。

手紙を読む女性の姿は愛に関連した場合が多く、
多くの絵は、隠された意味を解く手がかりを与えてくれています。
 


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「手紙を書く女」
背景の静物画に描かれたヴィオラ・ダ・ガンバは
愛と調和の象徴と解される音楽を意味し、調和ある関係を示唆しています。



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「手紙を読む青衣の女」
こちらの女性はよく観ると口を少し開けています。
恋人の手紙に夢中になっている静かな瞬間が捉えられています。
美しいウルトラマリン・ブルーが美しく、他の色を抑える事で
あたたかい光に照らされた彼女の気持ちが浮かび上がって見えます。
描かれた地図は多くの場合恋人の不在をほのめかすモチーフとされました。



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「手紙を書く女と召使い」
女性単身像の前2点と違い、「手紙を書く女と召使」には2人の人物が描かれています。
よく見ると床には投げ捨てられたような手紙と棒状のロウソク赤い封蝋があります。
激しい感情があったことを思わせます。
背景の壁には恋人との和解を求める女性の心理と結びつけて解される≪モーセの発見≫。


オランダの風俗画において、手紙を読む女性の姿は愛に関連した場合が多く、
ほとんどの作品は、隠された意味を解く手がかりを与えてくれています。



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「手紙」をモチーフとしたフェルメール作品残り3点。
左から「窓辺で手紙を読む女」、「恋文」、「女と召使(婦人と召使)」



会期:2011年12月23日(金・祝)~2012年3月14日(水)まで
会場:Bunkamuraザ・ミュージァム(渋谷・東急本店横)

2010-2011年にかけ「手紙を読む青衣の女」は変色などを最新の技術により修復されました。
美しいフェルメールブルーを見に行ってください。



『サン・マルコのライオン』 から始まる
江戸東京博物館で開催中の『ヴェネツィア展』に行ってきました。


宮殿や人々の高貴な生活を彩った品々や
カルパッチョ、ベッリーニ、ティントレットなど
ヴェネツィアから約160点の作品が遠路はるばる来日しています。

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《サン・マルコのライオン》
ヴェネツィアを守る聖人とみなされ、共和国の主要なシンボルでした。


建国・絶頂・終焉までの歴史を辿った数奇な運命の都市ヴェネツィア共和国。
その誕生から約1000年。

697年に共和国総督が初選出されてからは「自由と独立」を貫き
強大な海軍力と交易による富を背景とし、その美しさから「アドリア海の女王」とたたえられます。
そして16世紀爛熟期を迎え、ヨーロッパ中の芸術家や、富裕階級が訪れる観光の街となります。
しかし、1797年にナポレオンの侵略により終焉。


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《二人の貴婦人》はカルパッチョ作での絵画史の中でもっとも有名な作品のひとつです。
ちょっと不思議な構図の謎めいたこの絵は、多くの人の興味を引いていました。
ひとつは、長く「二人の娼婦」として知られてきたこと。
もうひとつは世紀の発見だったのですが、この絵の上半分にあたる部分が
20世紀の中頃ローマの古物商で発見されたのです。
決め手になったのは、この絵の左上部分の欄干に置かれた壷に生けられた百合。

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上部:ヴィットーレ・カルパッチョ「潟(ラグーナ)での狩猟」
下部:ヴィットーレ・カルパッチョ「二人の貴婦人」

両作品の合成によって復元される元の板絵は
おそらく戸棚の両開き扉のうちの片方であったらしいのです。
よって、今はないもう一方の扉が再発見された時に正しく理解されるのでしょう。

ヴェネツィア絵画はルネサンス期に中心だったフィレンツェのラファイエロ、ミケランジェロ等とは違った発展をしています。
フィレンツェのルネサンスが彫刻的な形態、はっきりとした輪郭線に重きを置くのに対し、
ヴェネツィア絵画はその色彩と光のニュアンス、そして何より雅やかな詩情を重視します。
フィレンツェの画家はヴェネツィアの絵のデッサンの下手さを蔭で笑っていたようです。

シャンデリアや調度品等の眼もくらむ、きらびやかな展示もあり「優雅!」の一言。
12月11日(日)まで開催です。

でも、貴婦人たちの視線の先には一体なにが描かれているのでしょうね。













上野公園・国立西洋美術館の「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」に行ってきました。

18世紀から19世紀にかけて活躍したスペイン人画家フランシスコ・デ・ゴヤ。
プラド美術館から出品される傑作『着衣のマハ』を含む25点と併せた123点。
全てがゴヤ作品で構成された正真正銘の「ゴヤ展」でした。

40年前に同じ国立西洋美術館で開催された「ゴヤ展」では
「着衣のマハ」と「裸のマハ」双方が来日しましたが今回は「着衣のマハ」のみ。

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《着衣のマハ》1800-07年頃 

ゴヤは成功への野心に駆られて国王カルロス4世の首席宮廷画家に上りつめ
王侯貴族や廷臣たちをクライアントとする優雅な肖像画家で名声を得ました。


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《ホベリャーノスの肖像》

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《日傘》
マドリード近郊のエル・パルド宮の王太子夫妻の食堂を飾るタピスリーの原画10点のうちの1点。



ゴヤは46歳の時聴覚を失います。
その年スペインは、ナポレオンの侵略により戦争と混乱に見舞われました。
その目で地獄の様なスペインの対仏戦争を目撃し、人間の暗部の生き証人となったゴヤ。
聴覚を失い情緒不安定になった彼は、その晩年、注文を受けたわけでもなく
非公開を前提として自分の為だけの作品も描きました。

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《私は見た(『戦争の惨禍』44番のための準備素描)》
迫り来る侵略の脅威から逃れる民衆の姿だけでなく、先頭に立って逃げ出す司祭と有力者と二人の幼児を連れた母親を対置させ批判的に描いています。

絵は美しさや面白さだけではなく、描かれた背景や時代を知ると
画家が何に興味を持って作品を描き、どのようなメッセージを込めたのかが見えてきますね。

社会と人間。その時代を光と影のもとにとらえるゴヤは、
82年の生涯の最後まで描き続けました。


根津美術館で『春日の風景 ー麗しき聖地のイメージ』展が開催中です。

鳥居をくぐるとそこは神の住む聖地。
春日の祈りと憧れを、宮曼荼羅、霊験絵巻、名所図の名品に見る。
日本の自然は、かくも美しく、気高い。

これはチラシのコピー。
本当にそのままの展覧会でした。

今では興福寺の近くにある大きな神社程度の認識しかないかもしれませんが、
春日社は平城京の時代から神々の宿る神聖な場所に建てられた由緒正しき聖地です。


この展覧会ではそのような春日大社に因む曼荼羅の他、
春日の里にまつわる物語絵、さらに名所図屏風や、工芸品など37件が見られます。
ビジュアルアイコンとしてのたくさんの鹿にも出会えます。
鹿に注目して見るだけでも十分楽しめる展覧会です。

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春日宮曼荼羅


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春日鹿曼荼羅
損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の
モーリス・ドニ 「いのちの輝き、子どものいる風景」に行ってきました。

モーリス・ドニは19世紀フランスを代表する前衛芸術グループ「ナビ派」の画家です。
日本では1981年と2003年に大々的な展覧会が開催されました。

今回の展覧会は、以前の展覧会とは全く異なり、
ドニが生涯して描き続けた「家族」「子ども」というテーマに焦点を当て
世界初公開作品を含む約100点が紹介されています。

パリ郊外の自宅、ブルターニュでのヴァカンス、海外旅行等
あらゆる場面でドニは愛する子どもたちをスナップ写真のように自然に描きました。
ある時はフィリッポリッピ風に神話や聖書の物語のなかに、ある時は装飾画のように。



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家族の肖像


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子どもの身づくろい


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バルコニーの子どもたち、ヴェネツィアにて

ドニは生涯で2人の妻、そして9人の子どもがいました。
幸せな家庭で家族のアルバムを見るような気持ちになる展覧会でした。

損保ジャパン東郷青児美術館で
2011年9月10日(土)~ 2011年11月13日(日)まで
レオナール・フジタ「 私のパリ、私のアトリエ展」がポーラ美術館で開催されています。

エコール・ド・パリの画家として活動していた藤田嗣治。
晩年の未公開作品37点が発見されたと、ポーラ美術館(箱根町)が8月30日に発表しました。
遺族の関係者から、これらの作品がフランスに存在するとの話が寄せられ
今年8月までに同美術館に収蔵されたといいます。

今回その世界初公開の作品も併せて見る事が出来ます。(今後の調査が必要な作品群もあるようです)

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ラ・フォンテーヌ頌 これは未発表作品ではない


子どもの「職人尽くし」ともいえる小さな職人達。
フジタはこれをパリのアトリエの壁面一面に飾りました。
モティーフとなっているのは、職人ばかりでなく
古くからパリの路上でみられたガラス売り、風船売りなど職種はさまざまです。

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監視員


フジタが晩年に描いた《朝の買物》。
彼の空想の世界に存在する永遠の子どもの象徴だったのでしょう。
妻の君代夫人の最も好きな作品です。

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フジタ夫妻の愛蔵品「朝の買物」


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手作りの十字架。洗礼を受けた後のフジタ夫妻が日々祈りを捧げてました。

猫の絵と独特のホワイトで知られるフジタですが、前期の作品は絵本のようですね。

レオナール・フジタ 「私のパリ、私のアトリエ」展
ポーラ美術館
3月19日(土)から2012年1月15日(日)まで開催