仕事がやっと落ち着いてきた。

早めに帰り、散らかった自宅を改めて見て愕然とする。

もう少し落ち着いたら、片付けをしよう。

そう小さく決心する。



隣の席の人は30歳そこそこの女性

余り他人の気持ちを気にするタイプではなく

自分が大好きな人…という印象の人だ。


この人が、何故か私の机にいつも書類をはみださせてくる。

ごめんなさい、と言いはするが、おそらく悪いとは思っていないのだろう。

最初のうちは、使って無い時はどうぞ、と許していたのもいけなかった。


仕事が忙しくなり書類を拡げるようになると、

文具を取るたび、書類を取るたび、彼女の書類に引っ掛かり、邪魔に思うようになった。

聞けば、彼女の逆側は空いていて、使っていないという。

そっちに寄ればよいではないか…


私は穏便に、

書類を拡げなくてはいけないので、もう私の机を使わないで下さい。

と、言った。


彼女は謝る事もなく、なんなのこの人?という顔をした。

いや、私の机ですからそもそも…と思ったが、

とりあえずは穏便に拒否出来た事にほっとして、以来思うままに書類を拡げて仕事をした。


やっと落ち着いてきたので、書類を拡げなくても仕事が出来るようになったが、彼女の書類は相変わらず私の机を侵食しようとしてくる。

何度か彼女の離席中に書類を押し戻した。

 

それが嫌で嫌で…拡げる書類が無くても文具を彼女との境界線に置くことにした。

彼女に話をする気はもうない。どう思われてももう良かった。

物理的に彼女を塞き止めて、私の心を守りたいと思った。



いつの間にか、悪い意味で、彼女は私の心まで侵食して来ていることに気がついた。

…これは何たることか。

どうやって解決したら良いだろうか。


彼女には敵も多い。

別部署に居たが、色々と問題があって干されたと聞いている。

その部署の女性達からはすこぶる評判が悪く、私も何度か愚痴を聞いている。


その人達に愚痴を打ち明けたらその場はスッキリするような気もしたが

ネガティブな連帯感を共有するのは嫌だった。

きっとそれは根本的な問題解決にはならないし、後で小さな罪悪感に苛まれるような気がした。


私はこの気持ちを掘り下げてみる事にした。


人が誰かを嫌いになる時には

その人を本当は好きなのだと聞いた事がある。

好きと嫌いは真逆なので、当事者となると受け入れがたい。


私が彼女を好き?…いやいや、無い無い。

ちょっと太めで、お世辞にも美人とは言えない彼女だが、

大きな胸が自慢らしく、露出がキツい。

長いこと働いてきたが、胸の谷間を見せつける格好をした人を初めてオフィスで見た。


話をすればいつの間にか全て彼女の話題に刷り変わってしまう。

他人の気持ちは放ったらかしで、言動にヒヤヒヤする事も度々だ。

子供のような人と大目に見てやり過ごしてきた。


彼女はどうやらB君に御執心らしいと聞いた。

そういえば…私の席からは斜めにB君の顔が覗く。

彼女の席からはモニターが邪魔して見えないのかも知れない。

それで私の机に侵食してくるのか…

いや、それを許すほど私はお人好しでは無いけれど。



私は彼女の積極性や自己肯定感の高さを羨んでいるのかも知れない。

誰かに迷惑をかけているなんて気にもせず

後ろ指指されているなんて気にもせず

自分を肯定して、思いのままに行動している彼女を

どこか羨ましいと思っているのかも知れない。


羨ましいと思うなら、私自身も自分を肯定し、思いのままに行動するようになったら、

彼女の侵食が気にならなくなるのかも知れない。


…さて、どうするか。

たぶん、そっちの方が根深い問題だ。