メロンパンと人生
先日、とある地方のサンクスにて「名物メロンパン」なるポスターを発見。
「サンクスってメロンパンが名物だったのか?」と思いつつ、
購入して食してみると、生地がビスケットのように重厚で、
「コンビニのメロンパン」のレベルを超えておいしかったです。

しかしだからと言って、声高らかに
「サンクスのメロンパンは美味しいから是非買って!」
という気持ちにかられることはございません。
思えばメロンパンほど、私の人生で
超曖昧かつ微妙で定義しずらい存在はありません。
まず私はメロンパンを良く食べます。
具体的には平均週2個ペースで食べています。
週2個ペース自体は驚くほどのことではないかもしれませんが、
これを私は中学生の頃から、、、すなわち20年以上継続しています。
私の記憶が正しければ、メロンパンを口にしなかった日が
2週間以上続いたことはないと思います。
ここまで書くと、本当にメロンパンが好きな人間として見られそうですが、、、
実はメロンパンに対して執着も愛情もありません。
私は一度も「メロンパン」というキーワードで検索したことがありません。
「今までで一番美味しかったメロンパン」を即答できません。
当然、メロンパンが食べれなくて泣いたことも発狂したこともありません。
中学から高校にかけて母がよくメロンパンを買ってきてくれました。
でも他に強烈に食べたい菓子パンがなかっただけの話で、
メロンパンが本当に好きだったわけではありません。
食卓にあるから食べていたのです。
そう考えて行くと、日常何気なく口にしているお米やみそ汁、納豆、梅干しが
メロンパンと近い存在のようにも思えましたが、
やっぱりこれらの食品とメロンパンとは位置付けが違います。
米やみそ汁や納豆や梅干しは、
この世からなくなるとなったら本気で悩みます。悲しみます。
でもメロンパンがこの世からなくなると言われても、
悲しみはおそらく一時間も継続しないでしょう。
本当に美味しいお米が食べれるなら車でも電車でも足を運びたいと思いますが、
「あそこのメロンパン美味しいよ」と言われても、そのために足を運ぶことはありません。
たまたま前を通ったときに思い出したように買うことはあるとしても。
だからこのブログを読んでいただいて美味しいメロンパンをご紹介いただくのは、
気持ちとしては大変嬉しいのですが、私がそこに買いに行くことはないと思ってください。
また、プレゼントとしてメロンパンをいただくのであれば、
同じ105円でコンビニで売っている雪印の「さけるチーズ スモーク味」か、
200円近くしますが、たらみのナタデココゼリー(ヨーグルト味)の方が
私は心の底から喜びます。中野物産の「梅昆布」でも嬉しいです。
こうやって書き起こしてみると
物事に対する考えや認識はまとまっていくものなのですが、
メロンパンに関しては自分でも何が言いたいのかさっぱりまとまりません。
私とメロンパンの関係を、人生における他の何かに喩えたいのですが、
その喩えもまったく思い浮かびません。
私の人生と、メロンパンの関係は言葉にできないのです。
そしてもうこれ以上探求する気も論じる気もございません。
ただ、今週も来週も、私はメロンパンを食べ続けることと思います。
近くのコンビニに存在する限りは。
桑畑タケル
「サンクスってメロンパンが名物だったのか?」と思いつつ、
購入して食してみると、生地がビスケットのように重厚で、
「コンビニのメロンパン」のレベルを超えておいしかったです。

しかしだからと言って、声高らかに
「サンクスのメロンパンは美味しいから是非買って!」
という気持ちにかられることはございません。
思えばメロンパンほど、私の人生で
超曖昧かつ微妙で定義しずらい存在はありません。
まず私はメロンパンを良く食べます。
具体的には平均週2個ペースで食べています。
週2個ペース自体は驚くほどのことではないかもしれませんが、
これを私は中学生の頃から、、、すなわち20年以上継続しています。
私の記憶が正しければ、メロンパンを口にしなかった日が
2週間以上続いたことはないと思います。
ここまで書くと、本当にメロンパンが好きな人間として見られそうですが、、、
実はメロンパンに対して執着も愛情もありません。
私は一度も「メロンパン」というキーワードで検索したことがありません。
「今までで一番美味しかったメロンパン」を即答できません。
当然、メロンパンが食べれなくて泣いたことも発狂したこともありません。
中学から高校にかけて母がよくメロンパンを買ってきてくれました。
でも他に強烈に食べたい菓子パンがなかっただけの話で、
メロンパンが本当に好きだったわけではありません。
食卓にあるから食べていたのです。
そう考えて行くと、日常何気なく口にしているお米やみそ汁、納豆、梅干しが
メロンパンと近い存在のようにも思えましたが、
やっぱりこれらの食品とメロンパンとは位置付けが違います。
米やみそ汁や納豆や梅干しは、
この世からなくなるとなったら本気で悩みます。悲しみます。
でもメロンパンがこの世からなくなると言われても、
悲しみはおそらく一時間も継続しないでしょう。
本当に美味しいお米が食べれるなら車でも電車でも足を運びたいと思いますが、
「あそこのメロンパン美味しいよ」と言われても、そのために足を運ぶことはありません。
たまたま前を通ったときに思い出したように買うことはあるとしても。
だからこのブログを読んでいただいて美味しいメロンパンをご紹介いただくのは、
気持ちとしては大変嬉しいのですが、私がそこに買いに行くことはないと思ってください。
また、プレゼントとしてメロンパンをいただくのであれば、
同じ105円でコンビニで売っている雪印の「さけるチーズ スモーク味」か、
200円近くしますが、たらみのナタデココゼリー(ヨーグルト味)の方が
私は心の底から喜びます。中野物産の「梅昆布」でも嬉しいです。
こうやって書き起こしてみると
物事に対する考えや認識はまとまっていくものなのですが、
メロンパンに関しては自分でも何が言いたいのかさっぱりまとまりません。
私とメロンパンの関係を、人生における他の何かに喩えたいのですが、
その喩えもまったく思い浮かびません。
私の人生と、メロンパンの関係は言葉にできないのです。
そしてもうこれ以上探求する気も論じる気もございません。
ただ、今週も来週も、私はメロンパンを食べ続けることと思います。
近くのコンビニに存在する限りは。
桑畑タケル
無知の力
「狂愚まことに愛すべし」吉田松陰
ここ数ヶ月、五期目に向けたチャレンジを思案中。
まとまりかけては、何か違う。
いい案が出ては、翌日に何か違う。
そんなこんなでいったりきたり。
とある本に書いてあったのが冒頭の言葉。
「狂愚まことに愛すべし」吉田松陰
どうもこの四年間の経験の中で培ってきた知識が
新しいことを生み出そうとするときに邪魔している気がしてきた。
「よくこのご時世に独立をしましたね」と創業当時に驚かれた。
「よく一気に社員を増やしましたね」とこれまた創業当時に驚かれた。
そしてその裏にはほとんど戦略というようなものはなかった。
とにかくまずはやってみるの精神できたからこそここまでこれたし
それに伴う失敗もたくさん経験できた。
要するに無知だったから出来たのだ。
もっと頭の中から知識を削ぎ落として、
本当に成し遂げたいことを考えよう。
最終的には自分の直感を信じる。
桑畑タケル
ここ数ヶ月、五期目に向けたチャレンジを思案中。
まとまりかけては、何か違う。
いい案が出ては、翌日に何か違う。
そんなこんなでいったりきたり。
とある本に書いてあったのが冒頭の言葉。
「狂愚まことに愛すべし」吉田松陰
どうもこの四年間の経験の中で培ってきた知識が
新しいことを生み出そうとするときに邪魔している気がしてきた。
「よくこのご時世に独立をしましたね」と創業当時に驚かれた。
「よく一気に社員を増やしましたね」とこれまた創業当時に驚かれた。
そしてその裏にはほとんど戦略というようなものはなかった。
とにかくまずはやってみるの精神できたからこそここまでこれたし
それに伴う失敗もたくさん経験できた。
要するに無知だったから出来たのだ。
もっと頭の中から知識を削ぎ落として、
本当に成し遂げたいことを考えよう。
最終的には自分の直感を信じる。
桑畑タケル
春。
通勤時に電車で新社会人らしき若者がちらほら。
数日後には新入生の姿も目につき始めるのだろう。
うちの会社に新入社員はいないものの、
やはり新社会人を目にすると身が引き締まる。
自身は大いなる野望を抱いて、入社、入学していたか
振り返ってみるが、おそらく大したことは考えていない。
むしろ不純な動機や、しょうもない心配事で90%だった気がする。
ただし、緊張感があったのは確か。
新しい人間関係、新しい環境。
一日でどっと疲れたものだ。
そんな新社会人たちを横目に
本日の私は久々の休養、休業、休息。
朝一で一本提出し、このブログをアップしたら
パソコンは置いて平日の東京にプラプラ出かけようと思います。
平日にパソコンという仕事用具を置いてプラプラするのはいつ以来か?
あまり思い出せないけど、サラリーマン時代に休日出勤の代休で
平日休むときの何とも言えない感じが忘れられない。
周りが働いている中、思いっきり休むのは小心者の私には
ちょっと心苦しいものがありました。
代休だったら、平日の昼間にちょっと仕事を抜け出して
喫茶店で30分くらいボーッとする。
こっちのほうがほどよい感じ。
なんにせよ。
年度末年度始の多忙スケジュールは
まだまだ収束されない感じではありますが。
こういうときこそ、休息とインプット。
これが明日への崇高な創造活動に繋がるのです。(と信じてる)
桑畑タケル
数日後には新入生の姿も目につき始めるのだろう。
うちの会社に新入社員はいないものの、
やはり新社会人を目にすると身が引き締まる。
自身は大いなる野望を抱いて、入社、入学していたか
振り返ってみるが、おそらく大したことは考えていない。
むしろ不純な動機や、しょうもない心配事で90%だった気がする。
ただし、緊張感があったのは確か。
新しい人間関係、新しい環境。
一日でどっと疲れたものだ。
そんな新社会人たちを横目に
本日の私は久々の休養、休業、休息。
朝一で一本提出し、このブログをアップしたら
パソコンは置いて平日の東京にプラプラ出かけようと思います。
平日にパソコンという仕事用具を置いてプラプラするのはいつ以来か?
あまり思い出せないけど、サラリーマン時代に休日出勤の代休で
平日休むときの何とも言えない感じが忘れられない。
周りが働いている中、思いっきり休むのは小心者の私には
ちょっと心苦しいものがありました。
代休だったら、平日の昼間にちょっと仕事を抜け出して
喫茶店で30分くらいボーッとする。
こっちのほうがほどよい感じ。
なんにせよ。
年度末年度始の多忙スケジュールは
まだまだ収束されない感じではありますが。
こういうときこそ、休息とインプット。
これが明日への崇高な創造活動に繋がるのです。(と信じてる)
桑畑タケル