告別式も終わり、
祖母の告別式(密葬)が終わりました。
「亡骸」とはよく表現された言葉で、
冷たくなった祖母を触っても、火葬を終えた骨を触っても、
どうしてもそれがイコール祖母ではなくて、
ほんとうに「骸」な感じがしました。
そこに残っているのは「残骸」で、
祖母の生き様、言葉、想い、姿、全ては私の脳の中に複写されたような体験です。
妹のブログから若き日の祖父と祖母を拝借。
昔の祖母は、なんとなく私の母に似ています。
そりゃそうか。
70代半ばで生命の危機に瀕した祖母が91歳まで生きたこと。
本当にあっぱれです。生きてくれていたおかげでたくさんの恩恵を受けました。
祖父と祖母で合わせて、180年。
二人に貢献された人は数知れず。
そのうちの特別な一人であったことが幸福です。
偉大な人は、亡くなってさらに周囲の人を力付け、
成長させ、そして幸せな気持ちにしてくれます。
私の成長と成功が、それがすなわち、
祖父母の幸せであり、二人が偉大な証となります。
うまくまとまりませんが、とにかく寂しい。
そして、二人の孫であったことが嬉しい。
ありがとうございました。
これからも見守っていてください。
桑畑タケル
「亡骸」とはよく表現された言葉で、
冷たくなった祖母を触っても、火葬を終えた骨を触っても、
どうしてもそれがイコール祖母ではなくて、
ほんとうに「骸」な感じがしました。
そこに残っているのは「残骸」で、
祖母の生き様、言葉、想い、姿、全ては私の脳の中に複写されたような体験です。
妹のブログから若き日の祖父と祖母を拝借。
昔の祖母は、なんとなく私の母に似ています。
そりゃそうか。
70代半ばで生命の危機に瀕した祖母が91歳まで生きたこと。
本当にあっぱれです。生きてくれていたおかげでたくさんの恩恵を受けました。
祖父と祖母で合わせて、180年。
二人に貢献された人は数知れず。
そのうちの特別な一人であったことが幸福です。
偉大な人は、亡くなってさらに周囲の人を力付け、
成長させ、そして幸せな気持ちにしてくれます。
私の成長と成功が、それがすなわち、
祖父母の幸せであり、二人が偉大な証となります。
うまくまとまりませんが、とにかく寂しい。
そして、二人の孫であったことが嬉しい。
ありがとうございました。
これからも見守っていてください。
桑畑タケル
