※2014年8月頃
あいかわらず路上活動ができる場所を探していた僕は、公園で知り合った50代位の男性から「路上活動やるなら出会い橋がいいよ」と教えてもらった。(ちなみにこの男性は後日路上行活動のお客さんとなる。)そしてすぐに教えてもらった出会い橋に向かった。
この橋は、福岡で一番大きい飲屋街でもある「中州」へ繋がっている。歩行者のみ通れる橋で、道幅も広いため、夕方以降は飲みに行く人達で賑わう。橋の下を流れている川のすぐ先には海があり、モーターボートが水しぶきを上げながら通り過ぎていく。夜は中州の繁華街の煌びやかなネオンと活気に照らされる。酔っぱらいを乗せた屋形船が優雅に橋の下をくぐって行く。見晴らしが良く、開放的な気分にさせてくれるような橋だった。そしてその出会い橋は、路上芸人達が芸を披露する場所でもあった。夕方の時間になると、ギターや三味線やらを持った音楽家達が集まり、曲を披露する、飲屋街へ向かう人や、帰って行く人は足を止め、気に入った路上芸人におひねりを渡す。そんな人と人との出会いもあるような特別な橋だった。
昼頃、出会い橋で到着した。橋の途中にいくつかあるベンチとテーブルに向かってみると、途方に暮れている雰囲気を漂わせる人達が座っていた。その途方に暮れているというのは、直接話をしてわかったわけではないが、漂う悲壮感や雰囲気みたいなものですぐにわかる。恐らく、何らかの理由で住む家やお金を失い、あてもなくたどり着いたのだろうと思った。だからといって社会に溶け込み、働いていこうというような前向きさはなく、ただただ自分の状況を悲観しているように見えた。彼らは同じベンチに、自分と同じ様な雰囲気を漂わせている自分の同類がいることを気付いていたのだろうが、話しかける事なく、1人また1人と立ち去っていった。僕はその光景をずっと見ていた。気付いたら夕方になっていた。
1人の60代くらいの男性がまだ座っていた。黒くて紫色のラインが入った上下のジャージを着て、ハンチングキャップを被り、サンダルを履いている。ひげは5センチくらい伸びていて、日焼けをした肌をしていた。顔はほりが深く、鋭い眼光を持った少し怖そうな印象。身長は170センチ位で痩せ形だった。荷物は高校生が部活などで使用する大きめのエナメルバックを一つだけ持っていた。よく見てみると全体的にところどころ不潔で、にホームレスだということがわかる人だった。ただ、今まで立ち去った人達とは違い、悲壮感や自信がないような雰囲気は感じない人であった。思い切って話かけてみた。
「いつもここにいるんですか?」
話しかけられた事が以外だったらしく、少し動揺して恥ずかしがりながら答えた。
「お、おう。いや、今日来たばかりなんだ。」
声は渋く、少ししゃがれた声をしていた。
「そうなんですか。」
少し間が空いてからおっちゃんは言った。
「お前さんは旅行か?」
「えーと、、旅をしていて、博多の路上でお金を稼ごうと思っています。」
「ほーー、路上芸人かなんかやってのか?」
「いや、やったことないんですけど、挑戦してみようと思って、東京から無一文で来ました。」
なんだか無茶苦茶な事を言っているなと自分でも思った。
「お金もってないの?」
「はい。家に全部置いてきました。」
「家ってどこ?」
「東京です。」
「ほーー、東京からここまでどうやってきたの?」
「ヒッチハイクです。」
「ほーーーー。。。」
それからお互いの状況などを話しだしていた。まっちゃんは福岡の生まれで、高校卒業した後に親と喧嘩別れをして広島に働きに出た。バーテンダーとして働いていたが、騒ぎ出すお客とよく喧嘩していた。ある日、店で暴れているヤクザに「それ以上暴れるなら表出ろ、相手になってやる」みたいなことを言い、ヤクザと揉めた。しかしヤクザ相手にまったく引かなかったことが相手の目が止まり、ヤクザからスカウトを受け、それがきっかけで、ヤクザとしての人生を歩んでいった。
気は短いが情に熱くて面倒見が良いまっちゃんは人から慕われた。その反面騙されることも多くあったという。そして愛する女性が出来たので、ヤクザの仕事から抜け、その後は建設業の現場で働いていた。しかし彼女が心臓に関する病気を煩い、お互いの関係は少しずつ悪化していった。入院や通院でお金がかかるようになり、まっちゃんにもその負担は大きくのしかかった。そして彼女は病気になったことで人生に希望を失い、まっちゃんに厳しくあたるようになっていった。彼女の医療費も出していた関係で金がなくなり、彼女とも別れてしまった。そして建設現場での仕事の待遇や割に合わない仕事に対して苦情(文句)を言っていたが、それが聞き入られる事がなかったため、見切りをつけ(嫌気がさし?)仕事を辞めた。彼女の治療費などで金はもうほとんど残っておらず、広島の家を出るはめになりホームレスとなった。携帯電話も持っていたが契約は切れている。そんな状態になり、博多にくればなんとかなるんじゃないかという思いでやってきた。
まっちゃん以外にも何人かホームレスと知り合ったが、皆なんらかしらの事情を抱えていた。
まっちゃんから悲壮感や自信がないような雰囲気を感じなかったのは、元々の負けん気と、ヤクザという厳しい世界で戦ってきたんだ自分への自負やプライドがあったからだったかもしれない。そして路上生活者や生活保護について色々なことを聞いた。博多には昔はホームレスがたくさんいたが、今は生活保護が貰いやすくなったので、路上で寝泊まりしている人はほとんどいない。生活保護を貰うには、自分の住所が無くてはいけない。お金が無くて家を借りられないホームレスは住所がないが、最近は不動産業者が生活保護を貰う人を対象にした賃貸物件を扱っており、そのおかげで生活保護がもらいやすくなっている。だが生活保護をもらいながらパチンコを打ったり、酒を飲んでいるやつも結構多い。さらに、その中には人の物を盗む奴らがいて、よくこの近くをうろついてまっちゃんのように新しく来た路上生活者は狙われる。実際にその注意しなければいけないという人達と俺たちはよく出くわし、監視されているような目で常に見られていた。確かに言われてみると、人相も雰囲気もなんか嫌な感じだった。そして僕は博多にいる間、よくまっちゃんと話をしていた。
博多にいる間のほとんどをホームレスの人達と接しながら過ごす事になる。というか公園で寝泊まりして、街を徘徊して、ホームレスの人達と一緒にいたので自分もホームレスをしていた。
まっちゃんは満足に食べ物が得られずに路上で寝泊まりをする日々が続いた。日が経つに連れて最初に会ったときの堂々とした雰囲気はなくなっていき、どんどんと弱々しくなっていった。
