逢瀬 | じぶん改革~さえない女子大生の奮闘記~

逢瀬

さらさらと風が吹く。


木々は揺れ、ゆっくりと緑で縁取られた空を見上げる。


お盆でもないというのに僕は墓参りに来ていた。


僕の大切な人に逢いに来ていた。


「もう。6年ですね」


墓に話しかけては、いけない。


母から教えられた言葉は、真実か。定かではない。


もし本当ならば、僕は魂を抜き取られて死を迎えるのだろうか。


この人に。


・・・・・・ならば、それでもいい。


君から与えられる運命なら何だって享受する。


だから、話をしよう。


ほんの少し昔話を。



「まさか、僕の誕生日の翌日に死なれるとは思っていませんでした」


君の温もりに逢いに行くつもりだったのですよ、その日に。


皮肉だとは思いませんか?


「初めて人の死に直面しました」


真実だとは思えなくて、でも、君の顔を見た瞬間。海が見えました。


溺れていく、君の安らかな顔が見えました。


耐えられなくて眼を伏せて、現実から眼を逸らしました。


介護で疲れきった祖母は、君の死に何を思ったでしょうか。


ただただ涙する僕に一言。


『泣いたって、もう還ってこないのよ』


そう云いました。


けれど、祖母を憎んだことは一度もないのですよ。


愛しい存在です。


今では何度も何度も、同じ質問をされ、私は真摯に全てを答えています。


でも、うっとおしいと感じたことは一度もないのですよ。


君が人生を共にした人だからでしょうか。


とても素晴らしい人です。



お通夜、君の家の前で立っていた時


僕は、どうしようもない”何か”に心が締め付けられ


泣き出してしまいました。


まだ早すぎると、父も母も、親戚も、誰からも笑われてしまいました。


君も、そんな僕を笑ってくれますか?


そこに飾られてる写真のように。


数年前のまだ元気な君で、笑ってくれますか?



ついに、本当に、君の器とお別れのとき。


僕は君の顔を見ることが出来ませんでした。


背伸びをしたけれど、150センチ足らずだった僕に


空へと旅立つ棺に入れられた君の顔は見えなくて


最後のさよならが云えなかった。


ああ、逝ってはだめ。


まだ云ってないのに。


さようならとありがとう。


黒い人よ、停まってください。


けれど、慟哭する人に流され僕は


ついに燃え逝く君の顔を見ることすら出来なかった。


最後の君の表情を。


長い年月生きた、君の最後の表情を


眼に焼き付けられずにいる。




ぽきん。


音はしないけれど、眼に見える風景そのもの。


線香が、半分まで灰になったところで風に圧され折れた。



「――さん」


君の名も、かき消される。


「僕は、生きています」


先の見えない闇にもがき、この道を進んだことを後悔しつつ


でも、辞める勇気さえなくなんとなく生きている。


子供だった僕は、君の本質さえ知らずにずっと思い続けてきた。


今、このときを君が生きていれば


僕にどんな言葉を投げかけたでしょうか。


励まし、叱咤。


ねぇ、なんでも良いのです。


君の言葉が聞きたい。


大切な君に、僕のことを聞いてほしい。


どうして、こんなところに埋まっているの。


同じ目線で話すことが出来ないの。


悔しくて、哀しくて、でも6年前のようには涙は出なかった。



風がどんどん強くなる。


森は唸りを上げ、石が立ち並ぶこの場所を巻き込まんばかりに


ぐらぐらとしなる。


母の言葉が蘇った。


ただの偶然かもしれない。


けれど、君は僕に見えてないだけで”居る”のかもしれない。


結局、見極めることなんて出来ない。迷信はいつでもそんなものだ。


「――さ、ん」


風は僕の肺にまで嵐を持ち込んでくる。


言葉が奥に詰まった。


「いる、の?」


線香が、ついに燃え尽きた。





僕は10日間の休みを終え、普段の生活に戻った。


大学は相変わらず、退屈で逃げ出したくなる。


だが、辞める勇気は僕にはなかった。


ただ、ただ。


僕は、ちゃんと前を向いて生きようと


心底では思っている。


あの日から。



また、お盆には君に逢いに行こう。


今度は・・・・・・そうだな。


君の大好きだったサイダーをお土産に行くよ。