道成寺 後篇 2026-5-12参拝

 

今回のコース

5/12

紀三井寺→和歌の浦→雑賀崎 泊

5/13

道成寺

 

道成寺の宝仏殿、縁起堂を拝観してきました。

続いて境内のお堂を拝観します。

 

 

まずは本殿へのお参りです。

 

承平12年(1357)建立の重要文化財。

戦国時代の羽柴秀吉の紀州征伐を

唯一免れたお堂です。

 

 

 

道成寺は発掘調査がされており

8世紀には存在したことが確認されています。

 

本堂の場所は創建当時から講堂があり

650年ほど使われ

南北朝時代に立て替えられ

また650年が経ち

昭和63年から平成3年まで

解体修理が行われました。

 

 

 

道成寺の創建は大宝元年(701年)と伝わります。

文武天皇の妻である藤原宮子の願いにより

義淵僧正を開山として建立されました。

 

 

 

本堂のご本尊の千手観音菩薩。

宝仏殿の千手観音よりも古く奈良時代後期の作。

 

重要文化財です。

たいぶ欠損しているので国宝にはならなかったのかな?

 

 

 

本堂前の池。

 

道成寺を発願した藤原宮子ですが

彼女が道成寺に伝わる「髪長姫」です。

 

この村の長の家に生まれた宮は

生まれた時から髪が生えず

両親が熱心に仏に祈ったところ

美しい長い髪が生えました。

藤原不比等がその美しさに目をとめ

養女として文武天皇の妻になったって話です。

 

いろいろと史実とは合わないそうですけどね。

 

 

 

藤原宮子のことはよく分かっていないそうです。

藤原不比等の娘で文武天皇の妻で

聖武天皇の母なのに存在が薄い人なんだそうです。

 

 

 

三重塔 宝暦13年(1763)再建。

創建時の塔があった所にこの塔が再建されました。

 

三重塔の前にある木は安珍塚。

 

 

 

七不思議その3

三重塔の不思議。

 

 

 

念仏堂。

2005年(平成17年)再建。

 

初代の念仏堂は宝永6年(1709年)に

建立されましたが

大正4年に老朽化のため解体されました。

 

 

 

五劫思惟阿弥陀如来(ごこうしいあみだにょらい)

宝永5年(1708年)作

 

 

 

髪が伸びた仏さんです。

よくアフロの仏像なんていわれます。

 

 

 

念仏堂について。

 

 

 

護摩堂。

 

 

三社。

多分、鎮守社。

 

この近くに初代の鐘楼です。

 

 

七不思議その4

 

安珍が焼き殺された鐘です。

今は桜がありますが

発掘調査で焼けた土が出土したそうです。

 

安珍と清姫の話は平安時代なんですけど

こんなに語り継がれている所をみると

元になるような男女のいざこざが

あったのかもしれませんね。

 

 

 

かつて樹齢数百年の桜の巨木がありました。

昭和初期の台風で折れてしまいました。

現在は根元から自生した二代目の桜があります。

 

宝暦9年(1759年)に大阪難波の竹本座で

安珍と清姫の物語を元にした文楽が上演され

大人気になりました。

この桜はその作品にちなんで

「日高川入相桜王(ひだかがわいりあいさくら)」と

名付けられました。

 

 

 

こちらは二打目の鐘楼跡。

この鐘は羽柴秀吉の紀州攻めの時に

京都へ持ち去られました。

今も京都の妙満寺に安置されています。

 

 

 

七不思議その7

 

現在、道成寺に鐘はありません。

あんなに大きなお寺なのに

鐘が無いなんて。

 

 

 

道成寺型灯籠。

説明がなかったので

普通の燈籠との違いが分かりません。

同じに見えるんだけど。。。

 

 

 

七不思議その5

 

本堂に秘仏の千手観音があるそうです。

重要文化財で33年ごとの御開帳です。

次の御開帳は2038年です。

 

 

 

境内の隅にあった石の塚と鳥居のある祠。

 

 

 

七不思議その6

 

安珍と清姫の物語が道成寺ものとして

いろいろとアレンジされ人気になりました。

 

映画「国宝」で主役の二人が踊っていたのが

この演目ですね。

 

 

 

十王堂

 

 

閻魔大王をはじめ地獄の裁判官の十人の王が鎮座します。

 

境内は全部、巡ったのですが

奥の院や境外にある蛇塚(清姫の供養塔)に

行けてないのは残念です。

足の悪い母がだいぶ疲れていたようだったので

今回は見送りました泣

 

 

 

ご本尊の千手観音の御朱印

 

御詠歌

 

紀の国や 峰より明けて 日高川 

てらすは法の 道成(みちなり)の寺

 

 

五劫思惟阿弥陀如来の御朱印

 


 

そろそろ道成寺を後にします。

 

歴史ある立派なお寺なのに

参拝者が少ないのが残念に思いました。

 

どなたかが書いていましたが、

西国三十三観音の一番札所と二番札所の間にあって

歴史も由緒もあるのに札所に入ってないのは

安珍と清姫のスキャンダルのせいでは?と。

 

 

 

でもこのショッキングな事件のせいで

有名になり歌舞伎などの題材に取り上げられ

忘れられないお寺になったんですけどね。

 

帰りには門前町で

鐘の形をした釣鐘饅頭を買いました。

 

 

この後、道の駅によって帰りました。

娘を和歌山市の駅に送ってから

和歌山市内でちょっと迷いましたが

ちゃんと家に帰りつきました。

 

ちょい珍道中でしたが、三世代で楽しかったです。

 

 

 

 

映画「国宝」の演目の二人道成寺 前篇 2026-5-12参拝

 

今回のコース

5/12

紀三井寺→和歌の浦→雑賀崎 泊

5/13

道成寺

 

 

2日目、朝から雑賀崎を見てから道成寺へ向かいます。

 

 

天音山道成寺 (てんのんざん どうじょうじ)

創建は大宝元年(701年)

藤原宮子の願いによりに文武天皇が創建。

義淵僧正を開山として紀大臣道成によって

建立されたと言われます。

 

 

道成寺は日高川町にあります。

御坊市かと思っていましたが

ちょうど境界あたりです

高速を使って和歌山市から1時間程度でした。

 

 

 

紀三井寺同様に門前町があります。

 

駐車場はお寺より門前町の奥にあり

500円を払って門前町を歩いて

道成寺にむかいます。

 

 

 

この階段を登らないと境内に入れないので

足の悪い母は大丈夫かと思いましたが

孫に付き添われ

楽し気に登っていました。

 

 

 

道成寺には七不思議があります。

 

昔の人の知恵は今にも通じますね。

遠近法の利用はよく聞きます。

 

 

 

仁王門は重要文化財で 元禄4年(1691年)の再建。

 

道成寺は天正13年(1585年)に

羽柴秀吉による紀州征伐で

本堂を残して諸堂が焼失してしまいました。

 

 

 

七不思議のその2です。

 

 

 

門をくぐって境内に入りましたが

意外にも誰もいません。

和歌山市からも少し遠いし

平日の午前ではそんなに参拝客はいないのかな?

 

 

 

右が宝仏殿

左が縁起堂、こちらで拝観受付をします。

御朱印もいただけます。

 

拝観料は700円。

宝仏殿、縁起堂では

希望すると住職の絵解きを拝聴できます。

 

まずは拝観を。

 

 

 

宝仏殿へ向かいます。

なんと、ここのお寺では写真が撮れるんです。

帰ってからもゆっくり見ることができます。

ありがたや~ありがたや~

 

やっぱり写真があると

記憶が蘇って印象に残るんですよね。

また行きたいな~と思えます。

 

 

 

通路にはたくさんの写真があります。

 

安珍と清姫の話は知っていましたが

能や歌舞伎になっていることは

あまり知りませんでした。

 

この写真は能楽の「道成寺」ですね。

 

 

 

あー坂東玉三郎だー

 

こちらは歌舞伎や日本舞踊ですかね。

 

とにかく飾ってある写真が多くて

びっくりしました。

道成寺は伝統芸能の方々の聖地なんだと

あとで知りました。

 

道成寺を題材にした演目は

100以上もあるそうです。

 

 

 

宝仏殿には国宝が3点、重要文化財が11点

ほかにも県の指定文化財などがあります。

 

 

 

斜めからですけど

千手観音菩薩、脇侍の日光・月光菩薩は

すべて国宝で平安初期の作です。

 

 

 

千手観音菩薩は正面からも撮ってあった。

が、しかし、重要文化財の四天王像や

十一面観音、釈迦如来像などは

写真が無いです。

 

 

 

ガンダーラのイケメンに目移りしてしまいまして

横にちらっと毘沙門天と

後ろに出張中のお方の写真が写ってます。

 

 

 

またまたガンダーラのイケメンの写真です。

横の燈籠を担いでいる

鬼?もいい味出してるのに

小さくしか写ってないです。

 

 

 

 

絵馬の写真は撮ったんだけどな~

 

他にも参拝者の方が見えて

絵解きをお願いしたそうで

お坊さんに仏像の解説をしていただきました。

 

 

 

縁起堂に来ました。

こちらは安珍と清姫の絵解きをしていただけますが

20分かかるそうで

お坊さんに話して先に失礼いたしました。

 

 

 

安珍と清姫の像。

安珍と清姫の話は知ってますか?

 

熊野詣に来た山伏の安珍に清姫が恋をします。

安珍は清姫の強引な押しに参って

こっそり逃げようとします。

 

それに気づいた清姫が安珍を追いかけます。

清姫は蛇に変化して怒り狂います。

安珍は道成寺に逃げ込み

鐘の中に匿われますが

大蛇になった清姫は鐘に巻き付き

火を噴いて安珍を焼き殺すという

壮絶なお話です。

 

 

 

来世の安珍と清姫の像。

 

悲恋の物語と言われてますが

ストーカーによる惨劇ですよねぇ。

恐ろしや恐ろしや~

 

 

歌舞伎の道成寺(安珍と清姫の話)の

場面の浮世絵です。

 

 

 

縁起堂の中に映画でヒットした

「国宝」のポスターがありました。

 

この映画は見てなかったんですけど

そういや番宣でこの姿を見たなと、、、

やっと映画の中で主人公が踊っていたのが

この演目なのだと気が付きました。

 

最近になってやっとこの映画をサブスクで見ました。

 

 

 

劇中で踊っていたのが

二人道成寺と言う演目なのですね。

 

安珍と清姫の後日談のお話ですが、

解説を読んだら

物語よりも白拍子の踊りが中心らしいです。

 

 

 

安珍と清姫の話だけでなく

その後の話など

いろいろと創作され

100以上の演目なったんですね。

 

安珍と清姫の話は

当時からそれほどインパクトのある話

だったわけですね。

 

 

安珍と清姫の話は絵巻物になってます。

展示されているのは写本ですが

原本は重要文化財です。

 

 

 

 

蛇になった清姫。

これはもう龍では?

鐘に巻き付いて焼き殺される安珍の図。

 

道成寺の住所の字名が「鐘巻」なんですよ。

道成寺と言えば安珍と清姫 一択みたいになってますが

創建の藤原宮子にまつわる

「髪長姫」の伝説もあるんですけどね。

 

 

 

境内に出てお堂を回りたいと思います。

 

ちょっと長くなりましたので前後編に分けます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本のアマルフィ? 2026-5-12訪問

 

今回のコース

5/12

紀三井寺→和歌の浦→雑賀崎 泊

5/13

道成寺

 

次は和歌の浦です。

絶景の宝庫と言う触れ込みでございます。

 

和歌の浦も2017年7月に訪れました。

その時は玉津島神社和歌浦天満宮、紀州東照宮に

参拝しました。

特に和歌浦天満宮は私のお気に入りで、

今回もぜひ母を連れて行きたかったのですが

なんせ喪中ですので諦めました。

 

良かったらその時の記事を見てください。

 

紀州東照宮の記事

 

和歌浦天満宮の記事

 

玉津島神社の記事

 

 

絶景には見えません汗

写真の撮り方が悪いんでしょうね。

 

橋で繋がった小島へ行きます。

 

 

私の影が邪魔ですけど小島の説明。

 

妹背山といい玉津島神社の前から

三断橋で繋がっています。

島の中には海禅院多宝塔、観海閣、

あしべや妹背別荘があります。

 

 

 

駐車場は玉津島神社に置かせてもらいました。

 

2017年に来た時は台風のせいで

三断橋が破壊され

修復工事中で入れませんでした。

 

三断橋は紀州徳川の初代である徳川頼宜が

400年前に建設しました。

 

 

 

徳川頼宜は和歌山へ入国すると

権現山に父家康を祀る東照宮を

干潟に浮かぶ妹背山に母お万の方をしのぶ

多宝塔を建立し、三断橋を建造しました。

 

写真に写る建物は観海閣と言います。

 

 

 

観海閣も頼宜が対岸の紀三井寺をなどを

眺望する水上楼閣として建てました。

何度も倒壊と再建を繰り返しました。

 

2026年に再建完成され3月から一般に

開放されたばかりでした。

 

白木がキレイだったのに写真がないですあせる

今なら木のいい香りがしますよ。

 

 

 

対岸景色。

今の和歌の浦が絶景に見えないのは

普通に家やらビルが建っているからですねぇ。

 

古くは奈良時代に聖武天皇が訪れ

素晴らしい景色に感動し

「景色を末永く守るよう」命じたと伝わります。

 

 

 

対岸の山裾に紀三井寺のお堂が見えます。

 

平安時代には山部赤人が和歌の浦の歌を詠み

和歌の浦は和歌の聖地になって行きます。

 

かつては干潟に浮かぶ6つの島でした。

奈良時代には玉津島六山と言い絶景だったみたいです。

今は妹背山だけが島として残っているそうです。

 

 

 

観海閣の向かいの高台に海禅院多宝塔があります。

 

 

 

多宝塔の説明。

 

慶安2年(1649年)、徳川家康の33回忌の際

頼宜の母養珠院(お万の方)が

妹背山に法華経を書写した経石を納めた石室を造り、

その上に小堂を建てたのがはじまりです。

 

明暦元年(1655年)頼宜は

母を偲んで多宝塔を建立しました。

 

 

 

多宝塔の下からは

お万に賛同した後水尾天皇をはじめ庶民の

経石が20万個もみつかったそうです。

 

 

 

妹背山に登れる石段があったので登ってみます。

 

頼宜は多宝塔と唐門、拝殿も建立し

養珠寺の末寺となり

紀州徳川家の庇護を受けましたが

明治の廃仏毀釈で

多宝塔のみとなってしまいました。

 

 

 

妹背山は岩山でつるつるの岩を

よじ登って行きます。

 

 

 

妹背山からの景色、

三断橋と玉津島神社が見えます。

神社も玉津島という六山のひとつでした。

 

昔はちょうど三断橋の袂に

芦辺屋・朝日屋という二軒の茶屋がありました。

この茶屋も慶安年間に頼宜が造りました。

 

 

 

妹背山からの景色 その2

片男波という砂嘴があります。

天橋立を想起させる景色です。

 

写真は無いんですけど、

妹背山には「あしべ屋妹背別荘」があります。

本体の芦辺屋はなくなりましたけど

この別荘は残ってます。

 

和歌の浦がすごく田舎にあったなら

きっと昔の絶景が残っていたのでは?

大阪に近く開発されてしまったんでしょうね。

仕方ないですね。

 

 

さて、本日のお宿の双子島荘へ向かいます。

 

 

双子島荘は屋上の景色しか撮ってなかったですあせる

昭和の雰囲気が漂う温泉旅館です。

 

入口に「歓迎 〇〇御一行様」って書いてありました。

これって何かとても嬉しいです。

 

周りには廃墟となった旅館がたくさんあり

昔はもっと賑わったんでしょうね。

 

 

 

どの島だったかが双子島です。

雑賀崎のほぼ先端に位置し

景色がとてもいいです。

 

昭和感があり古い感じはしますが

温泉や屋上も改装したそうで

館内はキレイでした。

 

 

 

雑賀崎の街の景色。

 

お部屋もベッドと畳の和洋室で

とても寛げました。

 

 

 

お部屋からの景色も同じ方向で

この景色が見れました。

ずっと向こうに薄っすらと見えるのは

淡路島か四国か…

 

旅館は高台にあるのですが

海の方へ下りて行くと海水浴場もありました。

旅館のプールもあります。

夏は楽しめそうですね船

 

母もこの景色をいたくお気に召したようで

帰ってからも何度も言ってました。

 

 

 

旅館のすぐ前に番所庭園があります。

番所庭園は紀州藩の

海の防備見張り(黒船)番所があったところです。

 

時間が無くて行けなかったのですが、

旅館からよく見えました。

 

 

 

夕食前に娘とちょっと散策です。

疲れた母は部屋で休憩ですけど。

 

雑賀崎灯台です。

駐車場には建物がありお店があるのですが、

今は閉まっています。

土日などに営業しているのかは不明です。

ネット地図にはカフェマークがありましたけど。

近くにはキャンプ場もあるようです。

 

 

 

雑賀の街を散策です。

通ってもいいのか、人の家の道なのか

スマホを片手に迷いながらウロウロ。

 

 

 

絶対に車は通れません。

自転車も無理です。

自力で歩くしかないです。

 

年をとったら住めないよなと言う感想です。

案の定、空き家が多いです。

 

 

 

ぶらぶら観光で歩くのは

ちょっとした冒険みたいで楽しいですけど。

 

住むのは確かに困難だけど

このまま消滅してしまうのなら

観光に繋げられないのかなと

素人考えですが思いました。

 

 

 

漁港近くまで下って来ると

お店もちらほらとあります。

古民家風のバーもありました。

 

若い人が頑張っているんだなと感じます。

 

 

 

雑賀崎漁港。

 

雑賀崎は「絶景の宝庫 和歌の浦」の一部で

日本のアマルフィと言われてます。

 

私はそんな事より雑賀衆が気になります。

雑賀衆、知ってますか?

戦国時代に最強と言われた傭兵軍団です。

もっと雑賀衆に関わる何かがあると思っていたのに

何もなかったです。

本拠地はここでは無いのか?

うーん、もっと調べてきたら良かったな。

 

 

 

良い感じのカフェもあります。

行ってみたかったんだけど

今日は休みでした。

 

他にも海の見えるカフェや

高台のイタリアンなんかもありました。

車の行ける場所は観光客が多いみたいです。

 

 

 

夕食の時間が近づいてきたのでホテルに帰ります。

当然ながら帰りは登りです。

 

 

 

見方によってはフォトジェニック。

 

雑賀崎で検索すると動画も記事もたくさん出てきます。

関西では有名な場所なんでしょうか。

 

三重県には関西の情報があまり入ってきません。

私としては関東に行くより

関西の方が断然近いし

親近感もあるのでもっと関西の情報が欲しいです。

 

関西のTV局が写るようにして欲しいと

切に願っています。

 

 

 

お楽しみの夕食。

いつもホテルのお料理は食べきれないので

女性など小食の人用のメニューにしました。

でも、まだまだお料理は運ばれてきました。

 

量が少ないプランだからと

デザートを買い込んでいきましたが

お腹がパンパンで、、、でも無理やり食べました。

結果、食べ過ぎで苦しかったです。

 

 

 

翌朝、車でもう一度

一番きれいに街が見えるという場所へ。

余計な物が写り過ぎてて失敗写真です。

 

雑賀崎は思ったよりも楽しかったです。

 

次は日高川町の道成寺へ行きます。