地蔵大仏の福智院 2026-6-19参拝

 

十輪院の方に教えてもらった福智院へ行きました。

ならまちから国道を越えた所にあり、

観光客もほとんどおらず、静かに佇むお寺です。

 

本日のコース

元興寺→ランチ(ガラガラドン)→今西清兵衛商店→

十輪寺→福智院→ならまち散策(にぎわいの家、奈良町資料館、庚申堂、元興寺塔跡など)→かき氷(ほうせき箱)→

中川清七商店→猿沢池

 

ちょっと疲れが見え始めた私たち。

福智院へ行くには少し歩かなくてはいけません。

どうするかTさんに託された私は少し悩んで

今、行かないと後で後悔すると思い

行こう!と決めました。

(ちょっと大げさ)

 

 

福智院山門。

 

秘仏御開帳の看板がありますが

残念ながら期間は秋です。

 

秘仏は宝冠十一面観音菩薩立像で

伊勢の裏鬼門を守っておられたそうです。

明治の廃仏毀釈の後、こちらへ遷座されたそうです。

 

 

 

清冷山 福智院 せいれいさん ふくちいん

本堂もご本尊の地蔵大仏も重要文化財です。

 

 

 

天平8年(736年)に聖武天皇の勅願により

興福寺の僧玄昉が平城清水寺(ならしみずでら)を

建立しました。

鎌倉時代にその経蔵を本堂として再興されました。

その後に西大寺宗祖の興正菩薩 叡尊上人が

再建し福智院となりました。

 

 

元経蔵の本堂は 建長6年(1254年)に

興福寺大乗院の僧・実信により再建。

重要文化財です。

 

 

本尊の地蔵菩薩は地蔵大仏と呼ばれます。

「南都の地蔵霊仏」として『沙石集』(1283年)に

記されています。

 

 

受付で拝観料を払って堂内へ。

 

お地蔵さんの大きさには驚きでした。

こんなすごい仏像を知らなかったなんて。

 

 

ぜひ見ていただきたいのでパンフレットから。

白黒で裏が透けてますけど。。。

 

建仁3年(1203年)造立の重要文化財。

高さが丈六(2.7m)もあります。

台座を入れると6.6m。

光背にはびっしりと千躰地蔵尊。

 

なかなかの迫力です。

 

 

係りの女性はお堂の片隅で御朱印を書きながら

慣れた感じで説明を始めます。

 

あ、解説してもらえるんだ~と

座って聞き始めると力を入れて話してくれました。

聞き終わるといつものように質問質問です。

 

Tさんと楽しかったね~と満足。

 

 

説明を聞き終わると

堂内をウロウロして写真を撮れない分

しっかりと目に焼き付けて!

といつも思うのですけど

悲しいかな、私のメモリーは劣化してきてます。

 

 

 

蓮の向こうは石塔婆群。

板碑に五輪塔が描かれているものが多いです。

 

今は十輪院と同じように小さな境内ですが

かつては大きな境内を有していたそうです。

 

 

 

良いお寺に巡り合えて良かったです。

疲れていたので境内を隈なく見て回らなかったことを

若干後悔しています。

写真の大きな磐座は何だろうとか。。。

 

この後はならまちへ戻って

あちこち散策しました。

 

ならまちの記事はこれで終わりです。

とても楽しかったです爆笑

 

 

 

 

 

石仏龕を祀る十輪院 2026-6-19参拝
 

石仏龕(せきぶつがん)とは石で造られた覆堂です。

石像のご本尊の地蔵菩薩を中心に観音さん不動明王

北斗七星や二十八宿などを刻んでいます。

とても珍しいですので、楽しみに訪れました。

 

 

本日のコース

元興寺→ランチ(ガラガラドン)→今西清兵衛商店→

十輪寺→福智院→ならまち散策(にぎわいの家、奈良町資料館、庚申堂、元興寺塔跡など)→かき氷(ほうせき箱)→

中川清七商店→猿沢池

 

元興寺に参ってランチを食べて奈良漬を買って

次は十輪院です。

この時点ですでに予定より1時間押しです。

 

 

 

あれっ門が閉まってる?

焦りながら門の前まで行きますと…

 

 

鹿が入るので常時閉めてありました。

鹿に荒らされるんですかね?

まあ、糞をされたら困りますものね。

 

柵を押して入ります。

 

 

本堂や護摩堂などのお堂の写真が

全くないです汗

すべて撮り忘れました。

本堂は鎌倉時代建立の国宝でした。

 

境内に入ってまっすぐ奥の拝観受付に直行しました。

拝観料500円と御朱印をお願いしました。

 

拝観は受付のお姉さんが

一緒に本堂へ来てくれまして

丁寧に説明していただけました。

 

 

本堂の中は撮影不可だったので

写真が無いのが残念です。

 

御本尊の地蔵菩薩と

左右に彫られた釈迦如来、弥勒菩薩。

それらを覆う石仏龕もとても良かったです。

平安~鎌倉時代の作とされ重要文化財です。

 

石の祠は大陸の遺跡っぽくて

ずいぶん長く見入っていました。

 

御本尊の地蔵さんと石仏龕が先にあり

あとでその上に本堂を造ったそうです。

このお地蔵さん、よっぽど霊験あらたか

だったんですね。

 

詳しく説明していただけたので

尚、良かったです。

 

 

HPには写真も載っていますので

ぜひ見てみてください。

 

 

本堂に中には近くで発掘された遺物が

たくさん展示されていました。

 

なんでもこの辺りは掘れば何かが出てくるそうです。

これが埋まっていたのか、と

思うようなピカピカの仏像や水晶の玉などが

たくさんあり質問すると答えてくれるので

とても楽しかったです。

 

 

合掌菩薩像と阿弥陀来迎石。(鎌倉時代)

 

発掘が進まないのは

もうすでに家が立ち並んでいるからです。

それにこの通りは

もし、家を建て直したりすると

なんと1mほど奥へ下がらないといけないそうです。

なのでみなさん

家をいじらないので発掘もできないわけです。

 

 

 

縁起が細かく書かれています。

ちょっと字が小さいのと板の色が濃いので

非常に読みにくいです。

 

元正天皇(715‐724)の勅願寺です。

また右大臣吉備真備の

長男・朝野宿禰魚養(あさのすくね なかい)の

開基とも伝えられています。

 

 

 

不動明王。(鎌倉時代)

 

境内に魚養塚という

朝野宿禰魚養の墓だとされる塚があります。

横穴式石室で、奥壁に半肉で刻まれた

如来型坐像の石仏や宝塔を刻んだ石が

巡らされているそうです。

 

境内の奥の方にあったので

見損ねました。。。

 

 

タダの石に見えますが

藍染曼陀羅経(鎌倉時代)が彫られています。

 

現在の境内はとても狭いですが

室町時代の末期までは寺領三百石

境内は1万坪の広さがあったようです。

 

やはり兵乱により堂宇宝物を

多く失いました。

 

 

鎮守社の天照大神と春日大神。

 

江戸時代になり徳川家康に

寺領50石の寄進を受け

堂宇の修理も進み寺勢を取り戻しました。

 

 

弘仁年間(810年 - 824年)には

弘法大師が留錫したそうで

境内の奥の方に弘法大師を祀る

御影堂があります。

奥の方だったので見損ねました。

 

 

この中には興福寺曼陀羅石が祀られています。

 

 

説明はちょっと小さくて読み難いですね。

 

興福寺の主要な仏像と五重塔とを刻む画像石です。

鎌倉時代くらいに作られたと考えられてます。

 

 

隙間から撮ってみました。

こんな感じです。

 

興福寺の曼陀羅が

どうして元興寺の子院の十輪院にあったのかは

謎です。

 

 

十三重石塔  鎌倉時代

 

下に浮き彫りにされた仏様は

東西南北の如来様が彫ってあります。

 

 

十輪院は境内も小さく、お庭も小さい。

でも鎌倉時代の立派な石仏がたくさんあって

見ごたえ十分です。

 

住所も十輪院町になっており

おそらくこの町全部が

十輪院の境内だったんだろうなと思います。

 

 

ゆっくりお庭も散策して

私たちはこの小さなお寺に1時間以上も

長居してしまいました。

良いお寺だったので満足ですけどね。

 

 

御朱印 石龕地蔵

 

 

 

十輪院のHPです。

 

次は十輪院のお姉さんに教えてもらった

福智院へ行った記事です。

 

南都七大寺 元興寺 2026-6-19参拝

 

毎日毎日溶けてしまいそうな暑さです。

地震で被災された方は本当に大変ですね。

みなさん、お体に気を付けてお過ごしください。

 

前の記事でならまちの散策記事を書きました。

次は散策中に拝観したお寺の記事を書いていきます。

まずは元興寺です。

 

本日のコース

元興寺→ランチ(ガラガラドン)→今西清兵衛商店→

十輪寺→福智院→ならまち散策(にぎわいの家、奈良町資料館、庚申堂、元興寺塔跡など)→かき氷(ほうせき箱)→

中川清七商店→猿沢池

 

 

元興寺は養老2年(718年)に平城京遷都に

伴い飛鳥から移転しました。

南都七大寺の一つで大きなお寺でした。

 

 

元興寺は古都奈良の文化財として

世界遺産に登録されています。

 

国宝や重要文化財もたくさんお持ちのお寺です。

 

 

重要文化財の東門。室町時代。

東大寺西南院の門を中世末期に移築したもの。

 

元興寺の石碑に「極楽房僧坊」と書かれています。

現在の元興寺はかつて子院であった極楽坊です。

 

山門の左に拝観受付があります。

ここで御朱印もお願いします。

 

 

国宝 極楽堂(本堂)。

御本尊は智光曼荼羅図。

 

奈良時代の僧坊を鎌倉時代に改築しました。

智光・礼光両法師の禅室、曼陀羅堂と呼ばれました。

 

 

智光曼荼羅とは天平時代の僧である智光が

感得した極楽浄土の変相図を

自らの僧房に浄土曼荼羅を掛け

極楽往生を念じたので極楽堂となりました。

 

このお堂に智光さんは住んでいたんですね~

 

 

本堂の廊下を歩いていると国宝・閼伽棚(あかだな)と

書かれた小さな建物?を発見!

鎌倉時代に造られ、本堂に付随し国宝に指定されてます。

 

閼伽とはサンスクリット語の「argha(アルガ)」で

功徳水と訳されます。

つまり凄い水を祀る棚です。

 

 

最初の智光曼荼羅は

宝徳3年(1451)の土一揆により禅定院で焼失しました。

 

ちなみに元興寺の本堂は奈良町資料館の

あたりにありましたが、

やはり1451年の土一揆で焼失しました。

 

 

右が本堂、左が法輪館(宝物館)です。

 

宝物館は撮影禁止でしたので写真はありません。

国宝の五重小塔は見ごたえがあります。

光明皇后の発願で建立された元興寺西小塔堂に

安置されていたといわれます。

前の記事で行った鹿がいっぱいいた所です。

 

HPに五重塔も重要文化財の仏像も

載っていますので見てみてください。

 

 

 

 

法輪館より本堂を望む。

 

現在の元興寺の境内は小さいです。

かつての栄華は跡形もないです。

 

 

 

パンフレットにかつての境内図が載っています。

右の真ん中辺のオレンジの斜線が

現在の元興寺です。


かつての境内が「ならまち」なっています。

遺構として残っているのが

西小塔院と東塔院です。

 

 

平成10年に近所の家屋の地下から

出土した講堂の礎石。

 

にぎわいの家の床下にも元興寺の礎石があり、

見えるようにしてありました。

 

あちこち掘り返したら

いろんな遺物が発掘されるのでしょうね。

 

 

境内の大量の五輪塔。

 

五輪塔を奉納するには

結構なお金がかかるそうで

裕福な人々や僧侶のモノが多いそうです。

 

 

 

五輪塔の向こう側には右に本堂、左に禅室。

ともに国宝です。

 

元興寺の前身は蘇我馬子によって

飛鳥の地に建立された法興寺(飛鳥寺)です。

 

 

こちらも五輪塔。

舟形の石に五輪塔が浮彫りにされています。

 

養老2年(718年)に平城京遷都にともない

現在地に遷され、元興寺となりました。

飛鳥の地にも法興寺は残り

現在の飛鳥寺になっています。

 

 

元興寺は桔梗の名所なんですが

まだあまり咲いてなかったです。

 

元興寺は奈良時代には官大寺として隆盛を極めますが、

平安時代中期から徐々に衰退しました。

 

官大寺から民間信仰の寺になり

智光曼荼羅や弘法大師、聖徳太子信仰が

お寺を支えました。

 

 

 

 

 

石仏の間の緑の草は全部 桔梗です。

満開になったら見ごたえあるでしょうね。

ちょっと来るのが早かったです。

 

 

本堂と禅堂の屋根には

なんと奈良時代の瓦が残っています。

 

 

 

 

いろんな色の瓦と黒い瓦の部分がありますが

いろんな色の瓦が奈良時代の瓦です。

飛鳥時代からの瓦で使用できるものを

集めて使っているそうです。

 

 

屋根についての説明。

元興寺の瓦は行基葺きとう

奈良時代の瓦の葺き方だそうです。

 

 

境内の奥の方にはも

石仏が並ぶ小路がありました。

 

元興寺には元興神(がごぜ)という信仰があります。

 

昔、元興寺の鐘楼に鬼が出て人々を襲いました。

その頃、尾張国から雷の申し子である

力持ちの童子が入寺して

毛髪をはぎとって鬼を退治しました。

 

 

たくさん石仏が苔の中に鎮座します。

 

邪悪な鬼を退治する雷を神格化して

八雷神とか元興神と称するようになりました。

 

がごぜのグッズもあって買おうかと

ずいぶん悩みましたが見送りました。

 

 

弁財天社。

 

鬼を退治した力持ちの童子は

道場法師となって活躍したそうです。

 

 

国宝 禅室。

かつて僧侶が起居し、学修した官大寺僧坊の遺構です。

建築様式は鎌倉時代の大仏様ですが

構造材は奈良時代以前の古材を

多く再利用されています。

 

禅室は閉まっていて

拝観はできませんでした。

 

 

北門側。

禅室と本堂が並びます。

 

 

受付でお願いしてあった御朱印をいただきます。

 

 

智光曼荼羅の御朱印

 

 

印相地蔵の御朱印

 

 

薬師如来の御朱印

 

クリップ 元興寺のHP

 

次は元興寺の子院の十輪院の記事です。