如月の物思い -8ページ目

なんと、もう更新

あれだけ放置しっ放しだったのに・・・

どうしたんだ、私。



今日、クーを獣医さんに連れていってきました。


如月の物思い
診察を待つの図。


やっぱり『膀胱炎』だろうとのこと。

肉眼的には血尿はないものの(つまり、見た目は普通のチッコってこと)、尿検査では、しっかりと潜血が3(+)でありました。

で、前立腺はというと、前回の診察から大きさは変わってないそうで。

ゆえに、また抗生剤を処方されて様子見。

2週間後に再診で、エコー検査をしてみますとのこと(また「毛刈り」されるのか・・・)。


手術は現時点では見送りになりそうです。



如月の物思い
とりあえずセーフらしいぜ。


色々問題ありのクーではありますが、とりあえず元気で食欲モリモリなので、一応安心はしています。

散歩でもハッスルしてくれるし、今日は天気が良かったので、気分良く歩けたね。




さて、ブログ放置の間も、せっせと読書をしていた私ですが、最近のハマリ本は。

平和の生滅―生存の矛盾を超えて (お釈迦さまが教えたこと)/アルボムッレ スマナサーラ
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怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉 (サンガ新書)/アルボムッレ スマナサーラ
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ありのままの自分―アイデンティティの常識を超える (お釈迦さまが教えたこと)/アルボムッレ スマナサーラ

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こんなの読んでます(;^_^A


この他にも、この著者の本はかなり読んでいます。

著者は、スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)長老で、現在日本在住。

初期仏教の教えを説いている方です。

というと、なにやら面倒なイメージがありそうですが、とても易しく、しかも日常的な言い回しでブッダの教えを説いてくれています。


なんで、ハマったかというと・・・・自分でもよく分からないんだけど(^^ゞ

きっかけは、私の実家が檀家になっているお寺の住職さんが、何冊か持ってきてくれて読んだのが始まり。

この住職さんは曹洞宗なんですけどね。


なんていうか、読んでみて、ピタリと腑に落ちる内容だったのと、自分が抱えている問題の解決のヒントが詰まっているような気がしたので。

「ああ、そうか」と思うような所が多々あります。

気持ちが楽になるとでもいうか。


私は、健康状態に問題を抱えていて、今の生活環境諸々から若干神経も病んでいて・・・

精神状態が身体の症状として表れてくると、結構しんどく、精神安定剤が離せないでいます。

まあ、治療で飲んでいるホルモン剤の影響も大きいようなんですけどね。


考えても考えてもキリがなくて、身体はしんどくて。

でも仕事をして、生活もして。

色々なことがあって。


そんな状況の中で、これらの本には随分救われた気がしました。

ものの見方とか、「心」の在り方とか、今までの自分が思っていたことを、かなり覆してくれます。

でも納得できてしまう。

今の自分には「合う」本かなと思います。


他には、アフリカ関係の本や、動物・環境問題の本、普通の小説なんかも読んでます。

小説は、ちょっと気分転換をしたい時、現実逃避したい時なんかに最適かも。

いったん読み始めてしまうと、時間を忘れてハマりこんでしまうので、時々睡眠不足になりますが。


でも、読書は止められませんな。


あ、あと勿論クーと一緒に過ごす時間も、私には宝物です。

しんどい時も、クーがいてくれることで笑顔になれるから。

大事にせんとね。



如月の物思い






・・・・・

前回の更新は、まだ暑さの厳しい夏真っ盛り。

今は、雪の足音を聞く季節。

大変、ご無沙汰しておりました。



どんだけ放置すれば気が済むのかというと・・・分かりませんがな(;^_^A

そんな間も、訪問して下さった方々には、本当に感謝ですm(_ _ )m


色々ありました。

体調的にも、精神的にも。

でもまあ、こうしてPCの前に座ることができています。



ブログを休んでいる間、外出も余りせず、仕事と家のことと、あと時々友達と電話で話したり。

いわゆる、「半引きこもり状態」だったのですが、1日2回のクーの散歩で、季節の移り変わりを感じたりしてましたね。

あ、あと読書はせっせとしていました。



最近の悩みの種(?)は・・・・

この方です。

如月の物思い
おれ?



そう、おまえだ。

秋になってから、時々血尿が出るようになり・・・

獣医さんに連れて行っては、「膀胱炎」ということで薬を処方されているのですが・・・

原因の一つに、「前立腺肥大」を挙げられていまして。

クーも来年は12歳。

もう立派なジジイであります。

で、去勢をしていないので、年と共に前立腺が大きくなってるんですね。

先生からは、膀胱炎を繰り返したり、他の症状(排便困難とか)が目立つようになってきたら、去勢手術も考えた方がいいと言われています。

今朝もほんの少量ではあるけど、血尿が出て・・・(ノ_・。)

明日は仕事なので、明後日また獣医さんに連れて行こうと思っているのですが(食欲はあるし、基本元気なので、緊急性は今のところ感じないから)。

手術の相談をしてこようかどうか・・・


手術となれば、全身麻酔をかけるわけで、老齢の身には、それだけでも負担が大きく。

でも、このままでいっても症状が進むだけで、いずれ手術となるのであれば、早い方がいいのかと・・・

できればメスは入れたくないけど、先々のことを考えたら、ここらへんが潮時なのかなとか・・・


ああもう、クーったら。


年を取ってくれば色々な身体の変化はあって当たり前。

それを、どれだけフォローしてやって、健やかな老後(?)を送らせてあげられるかが、今後の課題になってくるわけですが。


かあちゃんとしては、クーにはいつも笑っていてほしいので、できるだけ、この子にとっていい方法を選んでいきたいと思っているわけですよ。


悩ましいなあ・・・



如月の物思い




生活を見直す機会

節電って本当に必要? ブログネタ:節電って本当に必要? 参加中
本文はここから

今日は休みです。
平日の休みって好きだわ~:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


暑さの戻ってきた新潟晴れ
今日も、ものごっつ暑いです。

でもって、お犬様は、こんな感じ。

如月の物思い
前足が可愛いと、親バカな私は思っているのですが。


如月の物思い
でもって、伸ばすとこんな感じで・・・まあ、ダラダラしていることに変わりはないと。


さて、ネタがないので (タンザニア旅行記もまだ途中なんだが・・・)、ちょっとブログネタをあさってみましたらば、こんなネタがあったので、ちょっと。

『節電』
必要だと思います。
ってか、電気をふんだんに使いまくっている、今の生活の方が問題だと思うので。

巷では、本当は節電なんて必要ないんじゃないか。
原発が絶対必要だと、国民に思わせたい電力会社の陰謀ではないか(つまり、節電なぞしなくても電気は足りているけど、原発の利権を手放したくないから、是が非でも原発は残すべきという)。
などという話も出てますが。
まあ、本当のところは分からんわね。

確かに経済に与える影響とか考えると、行き過ぎた節電は問題かもしれない。
でも、私はもともと、今の経済活動のあり方自体に疑問を持っているので。

電気は確かに便利。
生活は格段に良くなったと思う。
でも、私は、エアコンもパソコンも3Dテレビも、現在当たり前のようにある電気製品がない、昭和の生活を知っていて、それはそれで、別に不便は感じなかったなと思っているわけで。
人間ってさ、便利に慣れてしまって、それを当たり前と思うじゃないか。
そこが問題だなと思うわけですよ。

日本を含む先進国は、当たり前に電気を使って、使いすぎるくらい使って、それを何の疑問にも思ってない。
世界には、電気のない生活をしている人達も大勢いるんです。
それでも、彼らは特に文句も言わず生活しているようですよ。

私が何度か訪れているアフリカも、ナイロビのような大都市を除けば、電気のない生活は当たり前に行われています。
如月の物思い
こんな町は、夜になると、電気が点くのはほんの数件で、後は真っ暗です。
でも、余計な電気がないと、夜空に輝く星達は本当に美しく、はっきりと見えます。
宿泊先のキャンプサイトなどにも電気はないけど、ランプやキャンドルの明りの下で取る食事は、どことなく仄かな温もりがあって、美味しく感じられるし、ランプの柔らかな明りの下で、本を読むのも結構好きだし。

なきゃないで、なんとかやれるもんです。

勿論、今の日本で、アフリカのような生活をしろと言っているわけではなく。
「必要のない電気まで使うことはないんじゃないか?」ということです。

町を歩けば、もう閉まっている店の看板の電気がこうこうと点いていたり、華美な電飾があちらこちらで見られたり、なんとかのライトアップとか、イルミネーションとか。
それ、みんな必要のない無駄な電気なんじゃないかと思うわけです。

最近は、エネルギー危機なんてのも、よく聞く言葉になっちゃったし。
そう、資源には限りがあるんですよ。
今、一生懸命『再生可能エネルギー』への転換が考えられているようだけど、これにはもう少し時間がかかるだろうし。(私は、再生可能エネルギー賛成派)
今現在の限りあるエネルギーを、無駄に使っていていいのかと。

人間の欲には限りがないから、資源を得るために環境破壊しまくって、他の生き物達に迷惑かけまくって。
そんな生活には限度があるだろうよと。
人間が便利な生活を求めるということは、他の生物たちを窮地に追いやっているということ。
地球温暖化しかり、森林破壊や化学物質の垂れ流し、資源の過剰摂取などなど。
こんなこと続けていたら、地球はもちませんよ。

今回の節電騒動(?)は、ただ、電気の供給が怪しいからというだけじゃなくて、今の電気を使い過ぎている私達の生活を見直す、そんな機会になってほしいなと思うわけです。
必要な所に使うのは結構だけど、「これ本当に必要か?」と思うような所には使わなきゃいいと。
よくよく周りを見回してみれば、使う必要のない電気なんていくらでもあると思う。

うちの母は、「昔の生活に戻ればいいのさ」と言っておったな。
まあ、全部が全部、昔の生活というわけにはいかないだろうけど、それも一理だよなと思った次第ですわ。
便利に慣れるって、実は凄く恐ろしいことなんじゃないかって。



如月の物思い

如月の物思い
電気が完全に通ってなくても、こんなにのどかな生活ができるんですよ。