温かい
今、キーボードを打っている私に、クーがぴったりともたれかかって寝ている。
寝息までたてている( ´艸`)
安心してるの?
私はこういう時間が好きだ。
クーの温かさや鼓動が感じられる。
これは命の温かさ。
これからの季節は、暑くて「ちょっと勘弁して」になるんだけど・・・
体重を預けて、寝息までたてているクーの姿に、私への信頼を感じるような気がする(思い込み?)
で、私はというと、そんなクーを起こさないために、身体を動かさないよう、と~ってもゆっくりキーボードを打っている。
寝せておいてあげたいから。というより、寝てる姿を見ていたいから。
こういう寝る前の穏やかな時間。
気持ちまで穏やかになり、知らず知らす微笑みがもれる。
クー、おまえってすごいよ。
ただ、くっついて寝てるだけで、こっちの気持ちまで落ち着かせてくれるんだから。
ま、もう少ししたら、起こして寝室に連行するわけで。
それまで、寝ておいで。
成長記録
チャイルドスポンサーをしているワールドビジョンから、私のチャイルドの成長記録が届いた。
年に1回、こうしてプロジェクト報告と一緒に届く。
で、ちょっと笑えたのが、「進級点に達しませんでした」の報告。
昨年と同じ、小学校1年生。
学校の成績は、まあ、良くはないな。
余り勉強が得意じゃないのかな?
でも、学校が楽しいなら、それが一番かな。
家では、家畜の世話をしているらしい。
私は時々、「援助」というものに対して、ちょっと考えてしまう時がある。
例えば、このチャイルド。
この子はマサイ族である。
マサイ族というのは、もともと遊牧を生業としてきた民族で、たぶん学校なんてもんに行かなくても、生活はできたはずである。
子供は家族の中で、放牧の仕方や生活の知恵、伝統を受け継いで、それを次の世代に伝える。
それで充分だったはず。
それが、昔からの彼らの生活スタイル、文化である。
アフリカに行った時に、放牧をしているマサイの子供をよく見た。
「学校には行ってないのかな?」と思ったが、それが彼らの生活ならば、それも良しだろうと思っていた。
でも、昨年行ったマサイの村には学校があった。
全てのマサイの子供が、学校に行っているのだろうか?
だって、その前日には、放牧しているマサイの子供を見たんだもの。
で、思ったのは、もともとそこに住んでいた人達には、本来の彼らなりの生活があったであろうということである。
それを、外から来た人達の視点で、「援助」を行う。
一種の価値観の押しつけと言ってもいいかもしれない。
マサイに限らず、どこの地域でも、もともとの生活というのがあったはず。
それを、「これそれは遅れているから」とか、「こういうのは良くない」とか・・・
誰にとって「遅れて」いて、「良くない」んだろう?
だって、彼らはずっとそういう生活をしてきたんだから。
でも、植民地時代に始まる、彼らからの搾取(それはつまり貧困を生む)や、キリスト教の布教や「進んだ」西洋的な考えが入ってきたことから、もともとの彼らの生活は変わってしまった。
西欧諸国の物差しで考えた生活。それに影響された生活。
遊牧生活や狩猟・自給自足の生活は、本当に「遅れて」いるのだろうか?
原始宗教とも言える、自然信仰は「間違って」いるのだろうか?
物々交換によって支えられた生活は「不自然」なのだろうか?
それらは全て、私達、先進国(もっと言えば西洋)の視点、価値観での判断だろうと思う。
そして、その価値観をに基づいた形で援助をする。
学校を建てる、教会を建てる、集会所を建てる、農耕を教えるetc.
悪いとは言わない。
言わないけど、どうなんだろう?とは思う。
この、グローバル化が進んだ世の中では、もはや、それぞれの民族や部族の伝統的な生活自体が難しくなっているのは事実だと思う。
色々な情報が入り、色々な所から人が押し寄せ、途上国の人々は否が応でも「外の暮らし」を知る。そして、自分たちの生活と比較して、「自分たちもあんな生活がしたい」と思うかもしれない。
それは、無理からぬこと。
でも、その暮らしは、本当に「いい暮らし」だろうか?
物欲、競争、金儲け・・・これのどこが?
貧困は先進国の責任だ。
そして、その悪のスパイラルは、容易に解消できるものではない。
解消できないようになっている。
大きな輪の中では、そういうシステムで動いているのが現実だ。
だから私はODAを信じない。
日本が「援助」をする裏には、「そのかわり資源をよこせ」という意図がある。
だって、日本には資源がないんだから。
食糧もないから、食糧生産地から沢山の輸入をする。そのための畑の拡大や加工工場建設の援助をする。
これは、自然破壊にも繋がる。
森林を伐採して、食糧になる穀物の畑を拡大する。
食用牛の牧草地にする。
現地の人たちを養ってきた森林を奪う代わりに、なんらかの「援助」をする。
そうやって、現地の人たちを無理やり納得させ、生活を変えさせ、「良いことをした」と言っている。
南米や東南アジアには、日本の「援助」でできた、立派な道路や港湾設備がある。
でも、それは現地の発展のためではなく、伐採した木材を運び出すためのものだ。
ついでに言えば、この道路ができたおかげで、密猟者が森に入りやすくなり、さらに密猟は増えた。
それを「ODAで立派な道路ができました。立派な港ができました」とか言う。
「国家」が行う援助は、必ず「見返り」を要求するものだ。だから信用しない。
日本は、世界最悪の熱帯雨林破壊国と言われている。
熱帯雨林からの木材を、それこそ、た~くさん輸入しているから。
あんまり言われるので、今度は、シベリアなどの針葉樹林に目をつけ始めている。
だから、場所が変わっただけで、やってることは同じだろ!と言いたくなる。
日本は、国土の6割強が森林なんだから、自国の森林を上手に使った方がいい。
まあ、ここに「経済」というやっかいな問題が入ってくるんだけど・・・
チャイルドの成長記録から、ずいぶん話が逸れてしまった。
要は、援助のあり方を、よ~く考えなくてはいけないということ。
価値観の押しつけではなく、現地の事情に合ったものにしてほしいということ。
現地の人たちの視点で行ってほしい。
ODAは信用しないが、NGO・NPOはまだ信用できると思っている。
「見返り」を求める必要がないから、本当に援助したいという気持ちで行っていると思うので。
そういう人達の集まりが、NGOであり、NPOだから。(と思っている)
ワールドビジョンについては、援助の仕方も、基本的な生活を守り、地域から支援の輪を広げていると感じる。
今のこの世の中では、もはや学校の存在は否定できないだろうから、その是非を云々は言わない。
教育の機会は与えられてしかるべきであろうし、そこから何を得てくれるかは、子供たち自身の判断で、その手助けを、学校がしてくれたらいいと思う。
私のチャイルドは、学校の成績が悪く、進級もできなかったけど、健康状態は比較的いいらしい。
恥ずかしそうに写っている写真も同封されてきた。
元気そうだ。
それで充分。
健やかに成長してほしいと思う。
我慢は・・・できないな
ブログネタ:仕事中、授業中の眠気、思い切って寝る?我慢する?
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