如月の物思い -3ページ目

春の日に思う

庭の藤の木を切った。

根が伸びて縁の下から畳を持ち上げかけていた。
家の下まで伸びた根だけを切ると思っていたのだけど、見に来てくれた大工の叔父の提案で、全部切ってしまうことに。
仕方ないと思う。
家が破壊されるより、藤の木を切る方が妥当な対策だと思うから。

この木は、私が子供の時に、今は亡き父が植えたもので、以来30年以上、毎年美しい花を咲かせてくれていた。
新芽が出始めていた藤も、まさか今日唐突に自らの命が終わりを迎えるとは思ってなかったろう。
長年、人の目を楽しませてくれていた藤は、同時に色々な小さな命を支えてきた。
毎年花の頃になると、どこからか虫たちが来て蜜を求めて飛び回っていた。
大きなクマンバチや小さな名も知らない虫たち。
今年からは姿を見ることもないだろう。

さつき嬢の散歩コース途中に、結構広い空き地があった。
毎年クローバーが一面に咲き、他にも名も知らない色々な草が生えていた。
そこに色々な鳥たちが集まって、草の実や種などをついばんでいた。
巣立ったばかりと思われる雀の雛が、親鳥から口移しで餌を貰っている微笑ましい光景を、散歩の途中に足を止めて眺めるのが好きだった。
最近、その空き地に保育園が建ち、鳥たちの声が子供たちの声に変わった。

藤の木を切ったのは、やむを得ないことだった。
保育園が建つのも仕方ない。

でも、そのことで大切な餌場を失った虫や鳥たちは、どこへ行ったのだろうか?
他にも餌場を見つけることはできるかもしれないけれど、一つ失ったことには違いない。

人はこうして、自分たちの生活のために、意識すらしないまま他の生き物たちの生活を排除し、潰し続けてきたのだろう。
多分この先も。
そして、排除された側は抵抗の声をあげることもできないまま、人の意識にのぼることさえなく、ひっそりと姿を消していく。




そんなことを思って、なんだかやるせない気持ちになった、暖かい春の日。

ちょっと真面目に





このニュースが流れた時 「動物を政治利用するな」という意見がいくつかネット上に上がってました。
でも、これは政治の問題が絶対に絡んでくると思っています。
ジュゴンに限らず、今や野生動物の保護は最終的には政治の問題に結びついてきます。
絶滅危惧種の保護のために生息地を守りたくても、政府の方針が開発なら?
個人や団体がどんなに反対しても、最終的に判断するのは政治です。
今回の場合は、辺野古の埋め立て、基地問題、政府の沖縄に対する対応等の色々な問題も絡んでいるので、多方面からの反応がありますが、いずれにせよ政治の問題と言えると思います。

野生動物じゃなくても、ペットの遺棄や殺処分がなくならないのは?
畜産動物の飼育環境が改善されないのは?
現状を知ってもらい人々の意識を変えていこうと頑張っている人達がいるのに、状況は一向に改善の動きが見られません。
民間や心ある企業にできることも確かにあるだろうけど、国の方針として動物にどう向き合っていくかを決めるのは政治だと思います。
動物愛護法は大きく変わらず、ペットは未だに物扱いで、悪質なペット業者やブリーダーは野放しのまま。
これは、国が動物のために出来るであろうことを後回しにしているから。
法律を作るのは国会です。
でも、動物のための画期的な法律は無いに等しい。
この現状が今の日本の政治のあり方だと思います。

世界中で象牙の取り引きを止める動きが出てきても、日本政府は一向に態度を変えません。
サンゴ礁やジュゴンを守るために世界中に広がった反対署名を、やはり日本政府は無視し続けています。
他にも色々あるでしょう。

日本だけじゃありません。
アフリカを始めとする途上国は開発ラッシュです。
野生動物の保護区はあるけど、ケニアでは国立公園の中を鉄道が走る工事を強行しました。
恩恵を受ける人達もいるかもしれないけど、壊されてしまった自然や数を減らした動物達に、どのような未来が待っているか考えただけで暗澹たる気持ちになります。

ケニアで野生動物の保護活動をしている友人の言葉「野生動物の保護は最終的には政治の問題」
この言葉はケニアや日本だけでなく世界中に重くのしかかっていると思います。


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190320-00000011-ryu-oki

もう一方は

お嬢様は元気。