危険な生物 | 如月の物思い

危険な生物

昨日、テレビで『危険な生物』なる番組をやっていた。

まあ、色々いたが、これはあくまで、「人間から見て」の話。

アクシデントで、動物と接してしまう場合を除いて、たいがいは、動物との距離を心掛けていれは、危険な目には合わないと思う。

アフリカでサファリをする時、ドライバーは、動物との距離を心得ていて、必要以上に近づかないので、危険な目にあったことはない。
ライオンだろうがカバだろうが。

要は、非があるのは人間の方だ。
ルールを守らない人間が悪い。

だから、「危険」呼ばわりされるのは、動物にとっては迷惑な話だろう。
彼らに非があるわけではないから。

近年の人口増大で、人間が動物の生活圏に進出してきたため、動物と人間の衝突が多くなっている。
これも、責任があるのは人間の方だと思う。

もともと動物が住んでいた場所を、奪ってきたわけだから。
人間も生きていかなければいけないので、動物だけを優先しろとは言わない。

ただ、共存の在り方の問題だろう。
住む所や食べ物を奪われて、町に出てきた熊や猪を、危険という理由だけで殺していたら、どうなるか?
絶滅してからでは遅い。

以前、テレビで、里山が荒れていることが、熊や猪が町に出てくる原因の一つという話をやっていた。
昔は、山があって、里山があって、その先に町があった。
里山を上手く管理し、その生態系を保つことで、動物の食べ物も提供できるので、里山の先、つまり町に、動物が出てくることは、めったになかったそうだ。
里山が、人間と動物の衝突を緩衝してくれていた。
今は里山を管理する人がいなくなり、荒れてしまって、動物の食べ物もなくなったので、動物が直接、町に出てきてしまうという。
そんな里山の再生に取り組む人達が、今は少しずつ増えていると、その番組では紹介していた。
これも、共存の一つの在り方だと思う。

人間と動物の衝突は、世界中にある。
どこの人達も、どのように共存していくか、試行錯誤している。

殺せば済む話ではないから。
地球は、人間だけのものではないから。
それを忘れてはいけない。

人間の側からだけ見て、「危険」とか、「害獣」だとか言うのは、視野の狭い見方だと思う。

それを言うなら、人間が一番「危険」で、地球にとっての「害」なんじゃないか?