1秒ごとに死にゆく私たちへ。亡き父の言葉と、
私が時計に命を吹き込む理由
「時計は人を選びます」
いつだったか、そんな言葉を目にした。
時計を恋人や大切な家族に喩えるなら、
寝る時も肌身離さず付ける人は、
きっと他人のことも同じように大切にできる人なのだろう。
反対に、コロコロと変える人は恋人を変えやすく、
粗末に扱う人は他人のことすら粗末に扱う。
時計の扱い方は、その人の「生き方」そのものが
映し出される鏡なのかもしれない。
子供の頃から、私は時計が好きだった。
小さな文字盤の中で、1秒の狂いもなく進んでいく
精密な世界に、どうしようもなく惹かれていた。
そんな私の時計好きの原点には、今は亡き父の強烈な言葉がある。
「おまえは1秒ごとに死にゆくのだ」
父はいつも、私にそう言っていた。
幼い頃は、その言葉の本当の重さが分からなかった。
少し怖いような、けれど妙に背筋が伸びるような、
そんな不思議な感覚だけが残っていた。
大人になり、数々の時間を重ねていく中で、
ようやく父の言葉の本質に気づかされる。
「死に向かって歩んでいる」ということは、
言い換えれば
「今この1秒を、命を削りながら生きている」
ということ。
ダラダラと過ごす1秒も、誰かを想う1秒も、
すべては二度と戻らない、命そのものなのだ。
だからこそ、私は時計という存在に、
かつて自分の命を救われたような気がしている。
時間を意識することは、自分の命の尊さを知るということだから。
今、私の手元には、動かなくなってしまった古い
Apple Watchや、傷ついて役割を終えようとしている
中古の時計たちが集まってくる。
信頼できる確かな卸業者から仕入れた、
かつて誰かの時間を刻んでいた相棒たちだ。
画面が真っ暗なまま眠る彼らを見つめるとき、
いつもあの父の言葉が頭をよぎる。
眠らせたままにするのは、あまりにももったいない。
この時計たちに、もう一度、時を刻む命を与えたい。
そう思い立ち、私はApple Watchの修理とメンテナンスを始めた。
拡大鏡を覗き込み、ピンセットを握る時間は驚くほど繊細だ。
劣化したバッテリーを新しいものへ交換し、
内部の微細な塵をクリーニングし、小さな傷を一つずつ磨いていく。
時には原因不明のリンゴループ(起動画面の繰り返し)に陥り、
何時間も頭を悩ませることもある。
けれど、試行錯誤の末に「シュッ」と静かに画面が立ち上がり、
美しい文字盤が蘇った瞬間。
静止していた機械が、再び息を吹き返し、新しい1秒を刻み始める。
「時計に命を救われたから、次は私が時計に命を吹きこもう」
それが、私の偽らざる気持ちだ。
私が命を吹き込んだこのApple Watchが、
新しい持ち主の元へと旅立ち、その人の左腕で
「かけがえのない1秒」を刻み続けること。
それこそが、父の言葉を胸に生きる私の、
ささやかな誇りである。
今日もまた、拡大鏡を覗き込みながら、
私は誰かの未来の時間を紡いでいる。
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再び命を吹き込まれ、新しい相棒を待っている時計たちの詳細は、ぜひこちらのページからご覧ください。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。














