「あんな想いは、もう誰もしてはいけんのよ」
生前、涙なんて無縁に思えた祖母が
涙ながら話してくれた時の言葉です。

今年も広島には行けず。。。
今年は広島市HPの中継を見て8時15分を過ごしました。
あの場に立ち、終始ヒバクシャの方達の顔をしっかり見ながらしゃべっていたのは「平和への誓い」を読み上げた小学生だけだったような。。

毎年「ああ。。」と思う。
昼間の式典は、本当に重い重い空気のなか勧められる。
重い空気。
重たいおと。

式典の空気が重いという事は、
今も、フクシマをはじめとして世界中でヒバクシャが生まれ、
明日にでもまた、新たなヒバクシャが生まれる可能性がある。という事。

平和式典に笑顔で参加出来る日はいつくるのでしょうか。







あの重さは、まさしくヒバクシャの方々が背負った思い。
それをどのように引き継ぎ、どのように未来へ繋げて行けばよいのか。。。
考えずにはいれれません。



そんな思いの中、昨日DVDを見ました。



「HIBAKUSYA 世界の終わりに」





悲しいかな
フクシマの事故によって、放射能の様々な知識を知る事となってしまったため
この映画が作れた2003年よりもより理解をする事が出来るんですよね。。

このDVD、なかなか見る機会がなかったので、
我が家は購入してしまったけれど、

図書館などに、希望を出すのもいいかもしれませんね。
そしたらもっと、多くの人が見る事も出来るし*










ヒバクシャはフクシマやヒロシマやナガサキだけではありません。


原子爆弾の実験により、被爆したネーティブアメリカン、マーシャルの人々、
原子力にかかわる多くの人、各施設の風下に住む多くの住人、
正常に動いている原発から燃料棒を取り出す際にだって、被爆します。
それこそ、日本に持ち込まれる原料であるウランを採掘している人達だって
日々被爆を余儀なくされているのです。

あげて行ったらきりがないくらい。





「もう、同じ思いはしてほしくない」
出会ったヒバクシャの方達は皆さんそうおっしゃいました。

皆さんがあんなに願っているのにね。
























「反原発」とか「脱原発」だとか、
なんだか、ソコには足りないものがある気がして、
ずっと違和感を覚えていたのですが。

やはり。15年前に最初に声をあげた原点に帰ろうとおもいます。

『NO MORE HIBAKUSYA』
この言葉が一番しっくりくるんだな。





どうか一日も早く、ヒバクシャの生まれない世界になりますように。