よく鍼灸の目的とは?と訊かれるけど、がっつり話すと長くなるので、長年考えた末、僕はだいたいこんな感じで答えています。

障害のある筋肉は血流の滞りが発生しているので、その部位や反応点を刺激して血行を促すことにより、「コンディションを元に戻す力」を高める。

大切なのは血流を促進させるのに効果的なポイントの取り方と刺激量。それが施術者としてこだわり。

強く揉みほぐしたり、無理に捻るのは、原始的すぎて僕はあまり好きではありません、とね。

平成3年12月3日、周りからの反対と嫌味と嫉妬を振り切って、23歳の若さで吉本鍼灸治療院を開業しました。

 

確かに無謀だったと言わざるを得なかった。いく先々で常に壁。例えば健康保険を適用するために受けなければならなかった「初心者講習会」は11月に済み、次に開催されるのは春になってから。保険適用って開業チラシに刷ったし、しばらくは適用している体裁で業務。窓口負担金の数百円を受領してしのぎました。

 

また患者層となるターゲットや、主力となる施術を確立しておらず、毎回出たとこ勝負。変なところに往診に呼ばれたし、問い合わせがあると日曜でも深夜でも対応•••。

 

とにかくギブアップしたら、「それ見たことか」と嘲笑する同業者がいる。ただ中学からの友人に言われた「先駆者として避けては通れない道、負けるな!」というコトバと、この年に生まれた息子のことだけを考えて、必死に頑張りました。

 

所属した会の先輩先生方に、ひとつひとついろいろと教えを乞いながら、兎に角、ポジティブな気持ちを途切れさせないように努めました。中には「そんなことも知らんのか?」と呆れられたり、叱られたりもしましたが、そんな恩人も沢山います。

 

いまは形態も施術所住所も変わって、「一見さんお断り」で好きなことをやらせてもらっています。信頼してくださる患者様に、長年の経験と実績、そして目指してきた理想をご提供できるようになりました。鍼灸院のサイトには電話番号も診療時間や定休日も載せていません。



 

後を継ぐ者もおりませんし、これからも自由で元気で伸び伸びと頑張りたいと思います。

おじさんが開業した平成3年つまり1991年なんて、いまほどパソコンは普及しておりませんでした。
 
文書の作成はもっぱらワープロを使い、そのあと「デスクトップミュージック」に憧れてマッキントッシュの一体型パソコンを買ったはいいけと、ソフトを使いこなせず、埃をかぶっていました。
 
ワープロ、なんて懐かしい響き。コスパの悪いインクリボンは黒一色。書院やら文豪やら重厚なネーミングの機種。
 
だけど鍼灸院で使うには文字が少ない。ツボの名前などの難しい漢字がなくて、自分で外字を入力しなければなりませんでした。似た文字を探してきて、ドットを消したり付け加えたり四苦八苦するのも面倒になり、結局、プリントアウトした歯抜け文書に手書きをつけ足すという、本末転倒なことをやっていました。
 
鍼灸団体の役員になったときも、まだ会員の登録情報は「桐」という互換性の悪いソフトを使っており、僕が組織部長になった頃にWindowsを導入しまして、会員名簿を作る際には800数十名分の会員情報を一からエクセルにデータを入力することになりました。フロッピーだと容量が足りないので、MOに入れて持ち帰り、自宅のパソコンで泣きながら入力。
 
庶務部長になったときは、法務局に提出するために理事会の様子をテープ起こししなければならなかったんだけど、いまなんて簡単だろうね。僕も会の予算でボイスレコーダーも買ってもらったんだけど、情けないほど性能が悪く、結局、カセットレコーダーと両刀使いで、頼みの綱はカセットテープでした。
 
いまでこそ当たり前の便利を、いつもアナクロ&アナログな手法で乗り切ってきた僕。地獄のようなしんどさをたくさん味わってきたけど、それもいい思い出です。そう考えれば、僕も立派なお年寄り。
 
携帯電話だって、はじめは50件電話番号登録できて喜んで、着メロを入力できるようになったり着信音が3和音になって驚いて、カメラ機能に腰を抜かしてきた世代。
 
ちなみにアナログ回線の僕のモトローラーは、バッテリーと本体の間にガムの包み紙を挟むと、他人の通話が聞こえた。探偵でもスパイでもないので、そのメリットを感じることは一度もなかったけど(笑)そもそもバッテリーが半日ももたないので、オプションの巨大バッテリーをつけたらトランシーバーの厚みになり、重たくてたまりませんでした。
よく「料理は愛情!」というのを耳にする。①食べてくれる人への愛情だったり、②食材に対する愛情、③調理器具への愛情•••やはり料理は愛に満ちていないとダメですね。
 
一方、我々の鍼灸治療のほうも、患者様への愛情は大事です。僕はこの年齢、このキャリアでも施術がまだまだ未熟なので、とにかく自分の大切な人に行う気持ちで施術を行ってきました。ダメ元で「良くなれ、良くなれ•••」なんて念を込めながら(笑)だから患者様が治って喜んでくれたら、僕もすごく嬉しいし、いい仕事ができた日の晩酌は、こっそり自分に乾杯、格別の一杯です。
 
だけど最近はさらに思うんです。前述の料理への愛情の②と③です。
 
患者様の症状は厄介なものです。とんだ「困ったちゃん」だ。だけどその主訴や愁訴、患者様の体質そのものに愛情を注ぐ。いわば患者様のカラダとの対話だ。
 
例えばコリのひとつをとっても、どうしてそこがこんなにも凝ってしまったのか、可哀想に•••なんてしっかり原因を探る。「仕事でパソコンで」なんて言っても状況は千差万別で、ひとくくりにできるものじゃない。やはりいきなりカタにはめるのではなく、その患者様の症状としっかり対話する。これは本当に大事なことだと、歳を重ねるごとに思うようになってきました。
 
また③の道具への愛情。いまはディスポ針がテンプレですけど、昔の鍼灸師は鍼や鍼管、艾や線香にも各々こだわりを持っていたはず。なので使用する器具に対しても愛情が必要です。鍼の一本一本、お灸の一壮一壮に感謝を込めて、丁寧な施術を行う。使用済みの鍼もしっかり供養しなければ、鍼の神様は宿ってくれません。
 
この間、YouTubeで藤岡弘、さんの珈琲道みたいな動画を発見して、藤岡さんは僕にとっては本郷猛。自分の人生において一番最初に出会ったヒーローですから、無条件で藤岡さんの珈琲道に感服しまして、そういうのって大事だよなと感じたので、こんな記事になりました。
どんなサービスや商売でも「付加価値」をつけ差別化をはかることは鉄則。かといって、ホンモノの鍼灸院でつけられる付加価値などあまりなく、効果の高い技術を提供することがいちばん大切なんだけど、コスト0円でつけられるものがあるとすれば、採用しておかなければ「愚か」というものだ。
 
患者様がそれだけで喜んでくれる、コスト0円でつけられる付加価値。それはズバリ「言葉」。でも案外、これを軽視している鍼灸院は多い。
 
いや、たいそうに「言霊が宿っていて•••」などという気難しい話ではなく、サラっと最低限の日常会話だけでも、いろいろとコンディションに不調のある患者様の気分をほっこりさせることはできる。
 
大切なことは「ねぎらい」と「いたわり」。来院するまでの患者様の気持ちやコンディションに対して想像力をはたらかせて、「ねぎらい」の言葉をかけて迎え入れ、施術後は帰路につく患者様に対する「いたわり」の言葉をかけて見送ること。
 
「何を喋れ」などと具体的なことは申しません。ご自身のキャラもあるでしょうし、人によっては歯の浮くようなおべんちゃらに感じてしまうでしょうから。
 
だけど、例えば暑い中に来てくれたら、やはりそれをねぎらい、汗がひいたり、水分補給をしたり、そういうクールダウンのタイミングを提供し、「そろそろ施術をはじめていいか」を確認してあげたり、お帰りの際にはその人にとって最善な養生法のアドバイスや、心からの「お気をつけて」が言えるようにしっかりといたわること。幸い、というかうちの施術所を出ると頻繁に警察が一時停止のネズミ捕りをしている場所があって、そこに注意する旨を伝えたり、話す内容もケースバイケースなんだけど、追い立てるように帰したりはしません。
 
もちろんプレやアフターのカウンセリングはそれに含みません。
 
とにかく言葉による付加価値のコストは0円、税もかかりません。日常の当たり前の業務に、「ねぎらい」と「いたわり」を加えることで、さらに患者様との関係性が豊かになる。要はひとりひとりの患者様をしっかりみること。「みる」は「診る」であり「視る」。ふし穴になってはいけないのです。
 
ひょっとしたら若い施術者には気恥ずかしさや抵抗もあるかも知れませんが、とても大切なことです。患者様の靴底の溝までしっかり視る、暑い中、きっとあの信号に捕まる、いろいろと想像力をはたらかせて、しっかりお声がけをしてください。