ジェットラグなJに付き合わされ 寝れなかった..

10時間フライトをもってしても 元気って

ああ おそろしい..

明日日本を出発して UAEには翌日早朝到着ですが

そのまま仕事に行くそうです


やっと寝かしつけ?に成功したので

横でそっと記録書いてます

少しの物音ですぐに起きてしまう人なので

息をひそめてます


年取ったなあと思います

18年前 離れた時はまだ髪の毛もあったし..

しわなんてひとつもなかった

まあ 私もそうですが(笑)

Jのひとりで過ごした18年は 私より

もっとさみしくてつらいものだったでしょう

毎月毎月 Jは生活できてるの?と心配になるほど 

私たちに送金してくれていた

急に日本へ来ないといけない時もあったのに

( そんな時は正規運賃ですから..)

ちゃんと貯金もしていたみたいだし

ほんとうに私たちのことだけを思って

生きてた18年だったようです

無欲で 全てに無関心

ゆるがない自分の信念とこだわりがあって

とても頑固で技術者体質で不器用なJ

気のきいたサプライズとかはできないから

恋愛するには つまらない人だろうけど

私も恋愛体質ではないので うまくやって

これたのかな?

多分 Jより日本人の方が アイシテルを

言ってくれると思います(笑)

Jは18年前に別れる時と 2年半前のプロポーズの

時と結婚式の時くらいです 言ってくれたのは

私はそれくらいしか記憶ない

会えばいつもベタベタくっついているくせに

18年もの間 離れた状態で まあなんとか

関係を続けてこれたのは いつもJが誠実で

いてくれたからです 多分

18年前 先のこととか なにも考えずに

Jを日本に留めておけば 離れずにすんだし

こんな悲しい思いはしないですんだでしょう

でも 私は打算的でズルいから それはムリだと

Jになんども話をした

私のエンジニア復職はムリだと Aの状態を見て

確信していたし 別の場所で正社員に

なれる保証もない

Jだってドイツではキャリアでも 日本に来たら

日本語が全くわからないので 就職先はない

そんなJと病弱なAを2人 育休中の私が

養えるわけない

貯金はあったけど Aにいくらかかるかわからないし

私たちの老後だってある..

とてもなんとかなるなんて 私は言えなかった

でもあの時 離れたからこそ 私たちの関係は

悪化しなかったし Aには不自由させずに

すんだとも思えます

私たちが結婚しようがしまいが  Aは私たちの

娘で ひとり立ちをするまでは 2人で責任を

果たさないといけない

私の中で Jっていちばんなのですが

Aをどうしても最優先しないといけない時も

あって 向き合ってあげられない時もありました

そのAもぶじにひとり立ちしたので 

これからはJのことを優先して考えたいと

思います


今はGWでしたね

遅ればせながら 皆さま良い日をお過ごしください