「引きずり過ぎて、磨り減ったかな?」
あの時、ティファにそう答えて吹っ切ったのは嘘ではない。
あの時点では、マリンやデンゼルそして幼馴染であり、俺の今の良き理解者であるティファーー
彼女達と新しい生活を、新しい家族として過ごしていけると思っていたんだ。
あれから数年ーー
マリンやデンゼルはもう子どもと呼ぶのが失礼なくらい、立派な女性や紳士になりつつある。
ティファも三十路を迎えて、女性として最も美しく熟した時期に来ていて、同居している俺としては、毎日がドキドキものだ。
今日は、マリンの誕生日と言う事で、昔馴染みがここセブンスヘブンに集まり、宴を催していた。
適度な酒の入ったシドに、
「いい加減お前らくっついちゃえよ。」
と言われた。
シドに限らず、仲間達は会うたびにそう口にする。そう言われる度にティファは、ほんのりと頬を染めて「時期が来たらね。」と答えるのを横目で見ていて、申し訳なく思っている。
あの旅の最終決戦前夜ーー
皆それぞれ最後に会いたい人々に会いにいって二人っきりになった事があった。
俺は、二人っきりの空気に居心地の悪さを感じ、さっさと寝てしまおうと与えられた個室に戻ろうと立ち上がった時、ティファが「みんな、帰って来るかな?いいね、皆は…帰る場所があって…。私にはクラウドだけ…」
と、俺に擦り寄って来た。
多分、彼女なりの俺に対する意思表示なんだろうと解釈し、またその意思が単なる幼馴染以上のものであると、その時気がついた。俺も彼女には昔淡い恋心を抱いていた時期もあったので、平常心を保つのが大変だった。
ティファが俺の肩に頭を乗せるものだから、長く綺麗な黒髪が、俺の頬を擽るように触れてきた。
そして耳元で「想いを伝えるのは、言葉だけじゃないんだよ?」と熱を含んだ息遣いで囁かれ、そのままティファの肩を抱きしめ背中を撫でてやった。
「クラウド…」
「ティファ…いいのか?」
「いいよ。」
俺は、その小さな桃色の唇を自分のそれとそっと重ね合わせた。
初めは軽く小鳥のように合わせるだけ。何度か繰り返していると、「んっ」とティファから反応が返ってくるようになり、もう少し深くくちづけをした。
少しあいた唇に舌を差し込み、彼女の口内を犯す。初めは驚いたようで、ビクッとして俺の舌から逃れようとしていたティファも、途中から諦めたのか俺の舌の動きに合わせて舌を絡みつけて来るようになった。
「ん、んんっ!」
呼吸法がわからないのか、息苦しくなったティファが顔を横に振り逃げようとした。
俺は、少しだけ隙間を開けてやって呼吸を助けてやった。そして更に舌で愛撫を続けた。
そして、キスに酔い始めたティファの外から見てもわかる豊満な乳房を、右手で揉みしだくように触った。
しかしそこまでだった。
俺はそれ以上進む事が出来なかったのだ。男としては非常に情けない事に勃たなかった。
ティファはすごく魅力的な女性であり、俺の初恋の人なのだが…。
すっかりその気になってしまっている彼女に
「すまない…どうしても明日の事が気になってしまって…」
と誤魔化して謝った。
決して彼女に魅力がないわけじゃないと言う事を伝えなくてはいけない。
口下手な俺が必死で伝えたからか、彼女は優しく笑って「そうよね。」と許してくれた。
あの日から、俺は一度も彼女に手を出してはいない。
今だに、恋愛感情を彼女に対して持てないのだ。
では、何故同居しているのかといえば、それは既に一緒に戦った仲間以上の感情が三人にはあるからだ。
所謂、愛は愛でも「家族愛」と言うもの。この家族愛と言うものはある意味厄介なもので、本人達の環境には関係なく育まれるものなのだ。
その一番の要因は『時間』である。
俺は、一時彼女たちから逃れてエアリスの教会で寝泊まりしていた事もある。
その時も、彼女たちは必死に俺をまた家族に引き入れようと訴えかけてきた。
あの時エアリスが
「もう…大丈夫だね。」
と、一言残したから…俺はもう一度この家族と言うものを積み上げて生きていこうと誓ったのだ。
その家族というものに、今は俺もはまっている。出来るならば壊したくないとすら思っているくらい大切な絆…。
でも、時間とは惨いもので、家族愛を育てていくのも時間であれば、また過去を遠くに押しやるのも時間なのだ。
時間が経つにつれ、あの時置き去りにした彼の存在が俺の心の中で、肥大化していく。
既に、彼から発せられる言葉は覚えていても声色まではかなり薄れてきている。
ぱっと見の姿形は覚えていても、身体の細部までは忘れている。
それでも、俺の心の中での彼の存在は日に日に年を追う事に大きくなっているのは間違いがない。
と、一人で悶々と考えていたら、すっかり出来上がったシドに改めて聞かれた。
「お前とティファ、本当にくっつかないのか?もう一緒に暮らし始めて何年になる?」
「10年近いかな?」
「そうだろう?もし、お前にその気がないんなら、いい加減あのお嬢さんを解放してやれよ?」
「…解放?」
「あのなぁ…」
呆れ気味にに溜息をつきながら、飲んでいる途中のグラス片手に、俺の横に陣取ったシドが、言い聞かせるように語り始める。
「ティファももう三十路超えてるだろ?女の一番旬な時期をこのまま過ごさせる気か?お前さんは。」
「旬…」
ゴホンと咳払いを一つして、声を潜め聞いて来た。
「んー…いいか?直球で聞くぞ?クラウドお前、ティファとそのー…なんだ…関係持った事あるのか?」
「ブッ!!ゴホ!ゴホ!」
本当に直球で聞いてきたので、思わず飲んでいた酒を噴き出しそうになってしまった。
「な、なに?」
「だから!お前さんはティファとヤったのか?って聞いてんだよ!」
「あー…10年程前に一度だけ…そういう雰囲気になった事は…ある。」
「で、でも…最後までは…いっていない…。」
「ん?最後までは?」
「っ!お、俺が勃たなかったんだよっ!」
ああ、きっと今の俺の顔は真っ赤に染まっているだろうな。
「そうか…。なあ、それって、お前にとってティファはそういう立場の人間じゃないってことじゃねえか?」
「多分…そうだと思う。」
「…解放してやれよ。お前がやってることはかなり残酷な事だ。俺らから見てもティファは、クラウドの事が好きなんだと思う。そんなティファに、お前は応えてやる事が出来ないんだろ?だったら…」
「離れても…離れてもいいんだろうか?」
「はあ?」
「ここ数年で俺たちは家族として生活してきた。それを壊していいんだろうか?」
シドは大きな溜息をつきながら、クラウドの両肩をガッシリと掴み告げる。
「家族だろ?もしティファが他の男とくっつくことがあっても、家族という絆は切れねえよ。」
「えっ?」
「何があっても、最終的に残る絆…それが家族っつーもんじゃねえか?なあ?」
「おい、ヴィンセントよ、お前はどう思うよ?」
壁にもたれ、自分の世界にどっぷりつかっていたようで、意外と話を聞いていたらしいヴィンセントは、急に振られても慌てる様子もなく、口を開いた。
「クラウド、一人になるのが怖いのか?」
「何言って」
「怖くないのならば、そろそろ解放してやるべきだ。ティファも……クラウドの心に巣食っている、その男の事も。」
「!」
誰にも話した事がないのに。心を読まれた?ヴィンセントには相変わらずかなわない。
「その男の事が好きなのではないか?ティファの事を異性として感じられない程に。」
「クラウドも承知のように、私もクラウドも年を重ねる事もなく、このまま生きていくしかない定めの人間だ。長い人生、一度自分を見直すのもいいのではないか?そして、答えを見つけたら戻って来い。いつまでも待っていてやる。」
ヴィンセントの赤い瞳が俺を射抜く。その様子をみてシドも大きく頷き、
「行って来い。でも、その前にちゃんとこっちでのことに決着をつけていくんだぞ?」
いつの間にか話の輪に加わっていたバレッドが爆弾発言をする。
「…ティファの事は、俺に任せろ。俺が彼女を幸せにしてやる。マリンも懐いているしな。ああ、俺だけじゃないな、デンゼルもいるか。」
「バレッド?」
仲間内じゃ驚く程の巨体を持ったバレッドが、顔を真っ赤にして照れ臭そうに頭をかいている。
「あのな、今だから言うが…ティファと初めてあった時から、あいつの事好きだったんだよ、俺は。」
衝撃の告白!なんてな、なんとなく気がついてはいた。
あの旅をしている時から、ティファが俺を庇う様な態度を示すと、その度に顔をしかめていたバレッド。
でも、彼だったらティファも女性として幸せになれるだろう。
そのうちに、子どもが産まれ本当の…俺との偽りの家族ではなく、正真正銘の家族というものを築いていけるだろう。
そうなると、俺は嬉しい。俺にはもう望めないものだから。
そうなるには、俺が行動しないといけないのだろう。
俺は、カウンターで皆のツマミを作っているティファの方に視線を向けた、
ティファも視線に気がついたのだろう、小さく首を傾げて微笑んだ。
俺は意を決して、ティファの元へあゆみより、少し話がある旨伝えた。
***
「なに?どうしたの?クラウド。」
「ティファ…。俺、旅にでるよ。」
「えっ?そ、そう?仕事?」
手元の水割りを一気に喉に流し込み、話を続ける。
「いや…プライベート。」
俺はティファの手を握り、心から感謝を込め告げる。
「ティファ…今までありがとう。俺さ、こんな性格で、人付き合いもうまく出来ないけど、ティファが助けてくれたから、何とかやってこれた。」
「なに?どうしたの?なんだか変だよクラウド。」
「ティファさ、これからどうしたい?」
ティファは、優しく握られた手の上から自分の手を重ね、微笑みながら答えた。
「私は、今まで通り4人で仲良く暮らしていきたい。」
訴えるような強い視線を受けてもなお、俺は告げなきゃいけないんだ。
「ティファ…俺なんかより、ずっとティファの事を思っている男、いるの気がついてるだろ?」
「俺も、ずっと思っている奴がいるんだ。そいつの思い出を集めに行く。」
「思い出?」
「うん。そいつ俺を守って死んでしまったから。俺さ…そいつの言葉や動作は覚えてるのに、声とか身体とか少しずつ忘れてきているんだ。もう忘れないって誓ったのに…。」
「クラウド…。」
「あいつが、俺はあいつの生きた証だって言ったから、俺はどんなに辛くても生きていかなきゃいけないんだ。」
「だから、もう俺の事は心配しなくて大丈夫だ。これからはティファ自身の幸せを考えてーー」
握りしめた手が小刻みに震えている。ティファが泣いているんだろう。でも、これから先は俺の役目じゃない。
俺は離れた所にいるバレッドに目配せをして近くに寄らせた。
「バレッド、頼む。」
「ああ、任せておけ。」
俺はそっとティファと繋がれた手を外し、俺の手があった場所にバレッドの手を置いた。
バレッドは、自分の大きな手に包まれたティファの手を、優しくまるで宝物のように包み込んでいた。
それをみて、俺は心から安心した。
「結婚式には呼んでくれよ。」
「まだ早ぇーや。まあ呼んでやるけどさ、遅刻すんなよ!」
「…努力する。」
そっと席を立ちその場から離れようとした俺に、バレッドが呼びかけた。
「クラウド!お前も早く思い出を取り戻して幸せになれよ!そして、ここに戻って来い。俺たちはいつまでも待ってるぜ。」
「ああ。」
「出来れば俺たちが死ぬまでに頼むぜ?お前は長生きすんだろうが、俺らは80年そこそこしか生きれねぇからな。」
旅の途中で何度も見た、イタズラ子どものような明るい笑顔を見せながら、バレッドは俺の背中を押してくれた。
俺は後ろを振り向かず、そのままセブンスヘブンの二階にある自室に戻り、元々何もない部屋だが、私物の整理をしてその夜のうちに部屋を後にした。
ただ一つ、あのニブルヘイムでのティファと当時英雄と呼ばれた人物、そして大切な彼が写った写真だけを持って。
それから、数年後にバレッドとティファ連名でメールが送られてきた。
それは、結婚報告のメールだった。
BND?
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2013/7/9