先日コンニャクゼリーの記事を書いていて、ふと遠い過去の大ピンチの状況が頭に蘇ってきた。
5歳くらいだったと思うので、今から43年ほど前の事だろうか、私は生まれ育った高知県某村の駄菓子屋で買物を終え店の前にいた。
買った飴玉を口に入れたとき、何でこうなったのかは覚えていないが、急に息が出来なくなって声も出せず店の前にしゃがみこんでしまった。
たまたまその様子を見ていたのか1人の年配の男性が私を担ぎ上げて
どーん どーん
と、私の背中を叩き始めて、息をすることができた。
どーん どーん
と、私の背中を叩き始めて、息をすることができた。
飴玉が喉に詰まってこんな事になったようだが、正直この男性が対応してくれなかったとしたら生死がかかる大ピンチの状況だったに違いない。
危険な思い出だったので、子どもの頃は何度か思い出した気がするのだが、久々に思い出してしまった。
飴を喉に詰まらせる事故は、今でも相当に多いように聞くので、対策としてまん丸をやめて楕円形にするとか中央に穴を開けるなんて対策があれば相当防げるとは思うのだが、そういうことを義務付けるという議論は聞くことはない。

喉に詰まる代名詞の餅に関しても、成分を変えて詰りにくいマシュマロみたいなものに変更したら良いなんて提案があったなんて話も聞いたことがない。
数年前、大阪港の防波堤で釣りをしていた男性が海に落ちて溺死するという事故があったのだが、遺族が防波堤を管理する大阪市に対して管理不十分と訴えを起こし、マスコミもこれを追従するかのように大阪市の担当職員をつるし上げた映像を思い出す。
岸壁や防波堤での釣りは日常化しており、マスコミが大阪市の落下などに対する安全対策がなってないじゃないかと言えば、そもそも立入禁止場所なんだとする大阪市の職員に対して、実際多くの人が釣りをしているのをあなたも知ってるじゃないかと詰め寄っていた。
マクドナルドの入れたコーヒーが熱すぎて火傷をしたなんて裁判も過去にはあったりするのだが、コーヒーやお茶やスープなんていうものは最高100度近いものもあるということを想定するのは受け取るほうとして当然ではなかろうか。
意表をつく熱さの経験としては、走り終えたバイクのディスクブレーキがあったりする。
少年だったころ、エンジン周りは熱気に包まれているので何処を触っても熱そうだから触ろうとは思わないのだが、前輪のディスクブレーキを触った友人の指の皮が速攻でめくれ上がって結構な火傷を負ってしまったことがあっものの、未だに前輪付近に触ると危険と書かれたバイクなど見たことがない。
長くなってしまったが、私が今日言いたかったのは、危険を次々と排除して快適安全な社会になるのは結構なことなのだが、ある程度の危険については製造会社や管理者に頼ることなく、消費者や利用者の自己責任にとどめておいたほうが世の中の発展の妨げとならず社会全体として円滑ではなかろうかということである。
今日は休み。
電車に乗って遠出でもしてみよう。
・・・おの・・・