
ひとしきり昔話をした後、コーヒーでも飲まないかという話になった。
電話である程度昔話もしたし、そう話し足りない雰囲気でもなかったので、これは
借金
営業
宗教
のどれかだと思ったので気乗りはしなかったが、好奇心が行けと後押ししてきたので行くことにした。
喫茶店であった同級生は昔の面影を十分に残し元気そうで、高校の頃のように笑いながらひとしきり昔話を楽しんだ。
時々話しも尽きそうになるが、同級生は腰を上げようとしないので
「何か話があるのか?」
と聞いてみたところ、今宗教をやってて、そのいい教えを少しでも多くの人に知ってもらいたいし、私にも自分の宗教を知ってもらいたいという。
話はどんどん宗教の方に流れていって、裏表の無い昔話をしていた頃の目はなくなり、宗教勧誘的自分の宗教の宣伝が始まった。
キリスト教系で、○○が代表をやってて、全国に支部がこれだけあって、信者がこれだけいる。
有名な宗教家のところへいって、自分ところの宗教流宗教理論を説明したら相手は反論できなかったとか、ボルテージはどんどん上がってきた。
1時間聞いたあたりで話が堂々巡りを始めたし、今の日本の平和は我宗教のお陰であるみたいなスケールの大きな話になってきたので
「俺にどうせぇいうんや?」
と聞くと、
「一緒にこの宗教をやろう。」
と言ってきた。
「金がかかるんだろう?」
と聞くと、
「多くの人に教えを広めていくには当然金もかかる。」
と期待を裏切らない答えが返ってきた。
あまりに他の宗教を批判する言葉が多かったので、
「いろんな人が住んでいるんだから、いろんな宗教があって
それぞれ色んな教えを持っているんだから
それぞれが共存していけばいいじゃないか。」
と言った瞬間に
「真理は1つ」
と厳しい目になって、二つ以上の宗教の存在を厳しく否定した。
世の中に色んな宗教が存在するが、他の宗教を必要以上に否定すれば殺戮に発展するのは歴史が証明していると思う。
国の関係も同じで、相手の国を自国の理論で悪と定義づけて、挙句の果てに
「悪に襲われるのをじっと我慢できるほど我々は気長ではない。」
みたいな考え方で、攻撃を仕掛けてない国を攻撃することなど、何処の国の国民であれ通常の倫理観に照らせば本来許されるはずが無い。
倫理観に合わない行動をとった大国も大国なら、多くの国民が否定するであろうその行為を擁護する立場に回った日本という国の考え方が良く判らない。
空爆をテレビで見れば花火のように綺麗に見えるが、その炎の下で死んだり傷ついたりしている多くの人の無念を考えると日本の国民として複雑な心境である。
もしあなたが、アメリカの一方的攻撃によって家族を失った人から
「何故あなた方日本人は・・・」
と質問されたら、胸を張って日本の正当性を主張できますか?
今日は61回目の終戦記念日です。
・・・おの・・・